第7章 インボイス方式による場合の事業者免税点制度

第5項 インボイスの偽造問題

1.一般的に、インボイス方式の付加価値税は脱税に強い税金だといわれる。これは林教授によると、先に見た相互牽制作用により、課税方式に脱税を防止するメカニズムが内在しているためである。もちろん、インボイス方式を採用するヨーロッパ諸国でも脱税は存在するが、その多くはインボイスを発行しない小売段階において発生したものである[292]

ただし、多段階課税である付加価値税の場合には、かりに小売段階で脱税が発生しても、政府が失う税額は全税額の一部、つまり小売業の付加価値税に相当する部分の税額に抑えることができる。これに対して、小売売上税の場合には、脱税によって政府は全税額を失うことになることから、付加価値税は税収調達手段として極めて強固なものである、とのことである[293]

2.このように理論的には、脱税に強く税収調達手段としても優れていると思われていた付加価値税のインボイス方式ではあるものの、反対派からは実際的な問題点としてインボイスの偽造問題を指摘されている。

例えば、売手と買手が共謀して、それぞれが保存するインボイスに異なった税額を記載するという不正等が起こりうることから、「インボイス方式を採用しているヨーロッパ諸国においても、付加価値税の申告漏れや脱税あるいはインボイスの偽造による脱税があるといわれている[294]」点が、指摘されてきた問題である。

西山教授の紹介によると、2014年の統計ではEU域内の付加価値税収は約1兆ユーロで全税収の17.5%を占め、EU域内の「付加価値税ギャップ(VAT Gap)は1595億ユーロで全付加価値税収の14.6%にのぼる。この「付加価値税ギャップ」とは、本来徴収されるべき税額と実際に徴収された税額との差額をいい、脱税額のみならず、租税回避により失われた税額、産業・倒産などによって徴収できなかった税額、単なる計算ミスによるものも含まれるが、とくに脱税額の実態を示す数字として注目される数値である、とのことである[295]

2.この付加価値税ギャップが、14.6%にものぼるということは、インボイス制度が必ずしも万能ではないことを示す実態として、留意すべき数字である[296]

しかし、現行の帳簿方式を維持していたとしても、申告漏れや脱税、偽造問題と無関係とは言えないであろう。その意味では、むしろ、電子インボイス制度の導入といった、新しい技術の活用による偽造防止の方途を探ることができる点で、インボイス方式の方が優位に立つと思われる。

3.また事務負担の点で、徴税者側の視点から考えると、「税務当局がこの膨大な量のインボイスを突き合わせて調査を行うことは、非常な困難が予想され限定的なものとしかなり得ないであろう[297]」という点を危惧する論者もいる[298]

更には「ヨーロッパではどうやってチェックしているかといえば、現実には積みっぱなしで、脱税しようと思えばできてしまうという状況[299]」であり、「実際にはヨーロッパでは、我が国で取りざたされるほどにインボイスを役立ててはいないのである[300]」といった声も聞かれた。

この問題に真正面から取り組んだのが韓国である。1977年から付加価値税を導入し、同時にインボイス方式を採用した韓国[301]の税務当局では、1970年代にインボイスのクロスチェックを当時の技術[302]で行った例があり、「本当に1枚、1枚行ったわけで、非常に膨大な手間と時間[303]」がかかったとの報告がある。なぜ、これほどまでに手間をかけてクロスチェックを行ったかといえば、いわゆるinvoice seller(インボイスを売る事業者)というものが現れたため、それを防ぐために行ったという。いわゆるinvoice sellerは、偽造インボイス発行者であり、その手口は、ペーパーインボイスの偽造である。そのため、韓国では、電子インボイスの導入が本格的に始まることとなった。


[292] 先に見た「最後の1マイル問題」である。 本稿143頁

[293] 林宜嗣「第5章 帳簿方式及び簡易課税の検討」 前掲(注)41 100~101頁

[294] 村瀬正則 前掲(注)289 36頁

[295] 西山由美「消費課税と脱税」『木村弘之亮先生古稀記念 公法の理論と体系思考』 信山社(2017年8月)190頁

 付加価値税収は欧州連合統計局(Eurostat)により、付加価値税ギャップはOECDの試算による。

[296] 特にドイツでは、カルセール・スキームと呼ばれる脱税スキームによる被害が最も大きいとされ、正式な統計は公表されていないが、その損害額は年間100億ユーロにものぼるとされる。このような深刻な脱税対策として、「リバース・チャージ方式」が導入され、脱税実行者への罰則規定の新設を行った、という。

西山由美 前掲(注)293 204頁

 こうしたスキームは、主に国境を越える取引で仕組まれることから、EUのような陸続きで国境のハードルが低い国家間で仕組まれやすいため、わが国には余り目にすることのないスキームではあるが、今後のわが国においても商取引のデジタル化やボーダレス化により、同様のスキームが仕組まれる可能性は否定できないことから注視すべき問題である、と思われる。

[297] 村瀬正則 前掲(注)289 36頁

[298] 他には、上西左大信「軽減税率の区分経理方式の課題と問題点」 税研No.176 日本税務研究センター(2014年7月)63頁

[299] 水野忠恒「税務当局サイドのチェック体制なしにインボイス導入は不可」 税理第55巻第11号 ぎょうせい(2012年8月)4頁

[300] 林宜嗣 前掲(注)293 100~101頁

[301] 湖東京至「韓国の付加価値税・インボイス方式の問題点」中小商工業研究第140号 全商連付属・中小商工業研究所(2019年7月)74頁 を参考にした。

[302] 3枚複写のインボイスを作成させ、1枚は相手先に1枚は自社の保存用に、1枚を国税庁に提出させた。膨大なインボイスが国税庁に寄せられたため、国税庁はその集計作業に多くの人員を割かねばならなかった。 湖東京至 前掲(注)301 80頁

[303] 玉岡雅之「消費税におけるインボイス制度の設計について」 租税研究第809号 日本租税研究協会(2017年3月) 131~132頁

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