第1節 仕入側の益税の問題

1.本稿の第3章において、益税問題を取扱う中で、事業者免税点制度において消費税を不当に多く預かる事業者の売上側の益税について、図を基にして考察した。その中で、仕入側の益税の問題についても、簡単に触れた。それは、「免税事業者が発行した請求書等に基づく仕入税額控除が認められること」であり、「公平の観点から問題であることは紛れもない事実[250]」であった。残念ながら、この仕入の側からの益税について試算した研究を筆者は寡聞にして知らないが、その試みが売上げ側の試算以上に困難な状況にあることは、想像に難くない。

 公表されている資料からその一端を考えてみると、公正取引委員会は平成26年の増税時の「転嫁拒否行為に対する対応実績[251]」として、消費税転嫁対策特別措置勧告一覧を公表している。その中で、事業者免税点制度に関連する事例を紹介すると、スポーツ施設の運営等の事業を行う㈱ルネサンス[252]は、自社のスポーツ指導員に対して、免税事業者であることを理由に、増税分の支払いを一部拒否するような決定を行い、買いたたき規定に違反するとして勧告を受け、公表されている。この他、学習指導事業を営む㈱トライグループは、個人事業者である家庭教師に対して、同様の違反[253]を指摘され、またホームセンター事業を営むDCMダイキ㈱及び㈱ホームセンターサンコーは、自社店舗で野菜を販売する免税事業者である農家に対して、その仕入代金について8%を乗じた額を上乗せせずに定め、支払ったとされている。

2.この公表により気づく[254]ことは、売上高が数百億[255]にも及ぶ大企業が、免税事業者である外注先に対して正しく消費税を上乗せして支払わないのに、仕入税額控除を最大限に享受することで、相当な額の益税が発生している状況を示唆している点である。更に注目すべきは、㈱ルネサンスや㈱トライグループの事例であり、両社それぞれの主力事業であるスポーツジム事業や家庭教師派遣事業において、経費のかなりの部分を占めるであろう人件費を、スポーツ指導員や家庭教師を個人事業主とすることで、巨額の仕入税額控除[256]を受けている状況が想定される点である。この点は、同業種の他社にも同じような構造(実質的には自社従業員に近い外注先を個人事業者として扱い、仕入税額控除を受ける方法)により益税が発生している状況も懸念されるところである。


[250] 森信茂樹 前掲(注)86 40~41頁 

[251] 公正取引委員会経済産業省「転嫁拒否行為に対する対応実績(令和元年9月まで)」https://www.meti.go.jp/press/2019/10/20191023001/20191023001-2.pdf 最終アクセス 2019年12月1日

[252] 金井肇「中小事業者と消費税」日税研論集70 日本税務研究センター(2017年1月)364~365頁に詳しい。

違反の内容は、自社運営施設のスポーツ指導員と業務委託契約を締結し、同指導員が免税事業者であることを理由として、個人事業者(約2000事業者)の業務委託料を以下の通り決定し、個人事業者に書面で通知した。

①スタジオレッスン担当者及びテニス担当者については、報酬の基準となる額に、消費時率の引上げ分3%相当額に満たない20円を一律に上乗せ

②パーソナルトレーナーについては、消費税率の引上げ分を上乗せせずに据置き

[253] 違反の内容は、家庭教師に対し、平成26年4月1日以後の委託料金(消費税込)について、消費税率の引上げ分を上乗せせず同年4月分を支払った。

[254] 本資料には、51社に及ぶ名高い大企業・団体等の消費税の転嫁違反が名指しで公表されているが、本稿の論点ではないので、扱わない。

[255] ㈱ルネサンスの2019年3月期の連結売上高は460億円。DCMホールディングスは、2019年2月期の連結売上高は、4457億円。㈱トライグループの売上高は非上場企業のため、非公表ながら、登録教師 22万人(2019年8月時点)を同社のHPで公表しており、その巨大な事業規模を伺い知ることができる。

[256] 具体的な公表データはないため、試算はできないが、仮にスポーツ指導員である個人事業者の平均外注費を年額110万円(税込み)と低めに想定し、2000人在籍していることを考えると、消費税額は一人当たり10万円となることから、10万円×2000=2億円という計算が大雑把には成り立ちうる。

 尚、スポーツ指導員や家庭教師が、年間1000万円以上の収入を得て、確定申告をし、消費税を納付している場合も想定しうるが、その割合は、かなり低いものと思われる。