第1節 益税が存在するか否かの検証

第3章 事業者免税点制度による益税

第2章までは、事業者免税点制度の仕組みや成り立ちについて確認し、関連する判例を見てきた。特に、第2章において確認した判例からは、事業者免税点制度が抱える複数の問題が明らかになったように思われる。この章では、第2章において確認した問題に加えて、もう一歩踏み込んだ問題について探っていくこととする。

第1節 益税が存在するか否かの検証

1.先に見た判例の問題は、主に事業者に関する事業者免税点制度の問題であった。ここからは、消費者や国にとって一般的な大きな問題として、「益税」問題を取り上げてみたい。  

まずは、市民の声を多く聞いたという、政府税制調査会の会長を務めた石元会長[73]によると、「税についての対話集会[74]」において、「参加者の不満はもっぱらこの益税問題に集中」していたという。具体的には、「一見して年間売上高が3000万円に満たないような零細小売店からも、買物のたびにしばしば消費税を請求される。このことから家庭の主婦を中心に、その事業者が消費税を国庫に納めないのは益税ではないかとの批判が高まっていた[75]。」という。そこで、雑誌や新聞から一般的な益税問題のイメージを見てみると、ある経済誌には「消費税の最大の弱点は、益税を発生させることである。現在[76]日本の消費税の免税点は、年間売上高3000万円であるため、大半の自営業者は、お客から消費税としてもらった金を税務署に納めず、自分の懐に入れている。これが益税である。益税は、クロヨン[77]で潤っているまさにその層に、大きな利益をもたらしている[78]」といった論説も見受けられた。また、直近のある新聞では、「消費税10%の先を考える」と題して、「店で払ったはずの消費税が政府に届かず、不透明な形で店の手元に残ってしまうことがある。消費税の納付を免除される小さな事業者なのに、客からは税率分だけ多くもらうから発生する。いわゆる『益税』は年数千億円に達するのに放置され、消費税への信頼をじわり損ねてきた[79]」と報じている。これら2つの記事から見る益税のイメージは、会社員がいだく自営業者や農業者に対する不公平感を表していると思われる。

 ところが、湖東教授はこのような一般的な益税論に対して「消費税には巷間いわれているような『益税』が存在するのだろうか。結論を先にいえば法理論的には『益税』が発生する余地はないが、経済的・実体的には僅かながら『益税』が発生する場合があり得る」として、法理論的には「消費税の本質的性質が間接税であるなら事業者免税点が存在すること自体おかしい」[80]と指摘し、例えばゴルフ場利用税のような明確な間接税には益税が存在しないであろう、と説き、消費税が間接税的性質だけではなく、直接税的性質を持っていると分析されている。

 また、経済的・実体的には、「消費税を価格に転嫁するか否かは法的に保証されているわけではないから、中小事業者の場合必ずしも仕入れなどに含まれている消費税分を価格に転嫁しているとは限らない」とし、業種によってはほぼ50%の小規模事業者が完全に転嫁することができず自ら負担している例を挙げ「これらの小規模事業者の場合、『益税』は全く発生しないばかりか仕入れなどに含まれる消費税分を被ってしまう」損税が発生する可能性すらあることを指摘する。

 その上で、「一般的に『益税』が発生する免税事業者がいるとすれば、定価販売が定着している業種に限られる」として、例として再販制のもとにある書籍やレコード、個人タクシー、新聞販売店などに益税が発生する可能性がある、としている。

また、「売上高にかかる消費税から仕入高等(必要経費などを含む)にかかる消費税分を控除した金額が『益税』となる」に過ぎず、免税事業者であっても「店舗建築など多額の支出(課税仕入れ)を行った場合には、あらかじめ課税事業者を選択[81]しない限り逆に「損税」が発生してしまう」[82]という。

上記の通り、湖東教授の鋭利な分析により、「免税事業者=益税で儲かる」という安易な益税論は慎む必要がある[83]こと確認した。その上で、益税が発生するメカニズムについて、次項でもう少し詳しく見ていくことにする。


[73] 平成12年から平成18年まで務められた。

[74] 平成14年から平成15年にかけて政府税制調査会が全国16ヵ所で行ったもの。

[75] 石弘光『消費税の政治経済学』 日本経済新聞社(2009年11月)230頁

[76] 論文発表当時は、2000年。

[77] 「源泉徴収の会社員は所得の9割を税務当局に把握されるが、匿名性の高い現金取引が多い自営業者らは6割、農林水産業者は4割にとどまる」という意味の俗語 日本経済新聞(電子版)平成27年8月1日

[78] 八田達夫「財政再建のための税制改革」エコノミックス3 東洋経済新報社(2000年10月)51頁

[79] 日本経済新聞朝刊(2019年10月10日)

[80] 湖東京至「消費税法の法的再検討」 前掲(注)56  1頁~16頁

[81] 法第9条第4項によれば、課税事業者の選択の適用を受けようとする課税期間が事業を開始した日の属する課税期間である場合には、その課税期間中に課税事業者選択届出書を提出すれば、課税事業者となることができる。したがって、「あらかじめ」課税事業者を選択しなければならないのは、2期目以降のことである。

[82] この設備投資による損税の問題については、後ほど解決策を検討する予定である。

[83] 損税について、中小企業の苦しみの実態を取材した文献として、斎藤貴男『消費税のカラクリ』講談社現代新書(2010年7月)が挙げられる。