第2項 事務負担の問題

1.第1章で見た通り、事業者免税点制度の趣旨は、「小規模な事業者の事務負担や税務執行コストヘの配慮から設けられている特例措置[114]」であった。ここでは、特に事業者にとっての事務負担とは何かについて、改めて検討を行うことにする。

 そもそも事務負担とは、鎌倉教授によると、「事務作業の負担と事務作業に係る費用の負担があると考えることができる。事務作業の負担は、消費税を集計して納付税額を計算する作業に関する手間のことである。この手間に割かれる人的役務が必要とされる。また、この人的役務にはそれに付随して給与の負担が発生する。つまり、事務作業には時間と費用がかかる[115]」としている。

2.法施行当時であれば、「全くの新税」としての消費税は、小規模事業者がそもそもの税制の理解から、集計・申告に至る過程において、事務作業にかなりの時間と費用が割かれていたであろうことは、想像に難くない。また、パソコンを使用した事務が一般化する前の時代(平成元年のパソコンの世帯普及率は11.6%[116])であることも見逃してはならない事実である。

しかし、現在の消費税の集計は、大半の企業ではパソコンが使用されていて、「比較的簡易に行える会計システムも廉価で出回っており、また、税理士[117]に申告はもとより、記帳代行を依頼しているケースも多い[118]」ことを思えば、導入当初の事務負担と現在の事務負担との差は、かなり大きいのではないだろうか。

3.この点で、平成15年度改正では、税制調査会答申において「法人については、既に法人税法に基づき申告・記帳の事務を行っていることから、免税事業者から除外すべきであろう[119]」として、法人は消費税に固有の事務負担は少ないであろうという見解を示していたと思われる。

 また、中小企業の消費税の事務負担等について、平成23年度に経済産業省が委託調査として実施された調査[120]によると、消費税で負担に感じる事務を尋ねたところ、「記帳・経理」と「特に感じない」が29.1%で最も多いという結果がでていることから、「近年の情報技術の進展や会計ソフトの普及、消費税制度に対する理解・習熟に伴い、それほど困難を伴わずに記帳や申告ができるようになってきた[121]」と山田教授は分析している。

山田教授は、さらに、平成15年度改正の税制調査会の指摘(法人は、免税点制度から除外すべき)にとどまらず、所得税においても、「平成23年度の所得税法の改正により、平成26年1月1日からは、青色申告・白色申告を問わず、すべての個人事業者に、所得税法に基づく記帳義務が課されることになった[122]」ことから、「消費税固有の事務負担に配慮する必要性は薄まっ」ており、「個人・法人を問わず、納税者の記帳能力や、日々の売上げ・仕入れの記帳にかかる事務負担は、所得税、法人税又は消費税と税目が異なっても、大きく異なるものではなく、また、事業を行う上で、消費税を考慮せずに価格戦略や経営判断を行うことは困難であろうと思料され、所得税・法人税の記帳と消費税の記帳は、密接不可分である[123]」ことを指摘している。

 この指摘は、実務家として日常的に記帳代行を行う筆者にとっても説得的である。何故ならば、現状のパソコンでの会計ソフトを使った一般的な会計処理の現場においては、取引の仕訳入力時に勘定科目を判断すると同時に、消費税区分(課税・非課税・免税・課税対象外等)を入力することで、消費税の会計処理はほぼ完結していることから、消費税固有の事務負担は、申告書作成時にわずかに発生する程度だからである。また、事業者にとっても、自ら会計ソフトを駆使して、入力作業を行うに者については、事務負担は、仕訳入力時の消費税区分の判断にとどまると思われる上、記帳代行を税理士に委託する事業者については、事務負担はほとんど生じていないのが、現状であろうと思われる。

4.事務負担における「時間」は、上記のように大幅に縮小されたと思われる。また、今後のAI技術の発展によって、更なる縮小化が確実に期待できる分野[124]でもある。

では、もう一方の事務負担における「費用」の面はどうであろうか。

 この費用は、伊藤教授によると、納税協力費といい「税務当局に納める税額以外に、納税者(徴収義務者)あるいは担税者が税務行政過程において負担する費用[125]」と定義される。また、この費用には、「申告書を作成するために費やす時間、税務申告書の作成を会計士に依頼したときに支払う報酬等[126]」が含まれるという。この点、わが国の消費税の導入当時から、納税協力費については低くなるように配慮がなされており、尾崎元国税庁長官によると、帳簿方式の採用、申告納付[127]、簡易課税制度、限界控除制度、仕入にかかる消費税額の適用要件等で、「ずいぶん工夫をしてきた[128]」という。同論文では、なぜか言及されていないが、事業者免税点制度こそ、その筆頭格であることは言うまでもない。

 具体的な費用の試算は、横山教授[129]によると、税理士に委託する場合を想定し「税理士報酬規程」(近畿税理士会)を基準として用いて擬制計算[130]を行ったところ、平成19年度において、税収100円あたりの納税協力コストは、2.982円であり、仮に消費税の納税額が年間100万円の事業者を想定した場合、29,820円となる。

平成14年度からは税理士会による料金規定が撤廃[131]され、会計事務所業界にも低価格化の波が押し寄せ、年々顧問料は低下傾向にある中で、横山教授の試算から10年以上の時を経て、消費税申告の追加コストが3万円弱というのは、実務家として業界に携わる筆者の肌感覚にも近い数字である。

5.課税売上高1000万円弱の事業者が、免税事業者となることで、どの程度の益税が発生するかは事業者の状況による[132]ものの、少なく見積もっても、本項でみた「時間」と「費用」のコストに見合うもの以上であることは、想像に難くない。

本項では、事業者についての事務負担について検討を行った。その結果、法導入当初の事務負担は、現在においてかなり軽減されていることを確認することができた。次項では、徴税コストについて、検討を行うことにする。


[114] 財務省HP 事業者免税点制度の概要

https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/consumption/d06.htm

最終アクセス2020年1月13日

[115] 鎌倉友一「消費税法に関する一考察-租税公平主義の視点から基準期間を検討する-」 名古屋商科大学論集第54巻第1号 (2009年7月)39頁

[116] 内閣府HP 消費動向調査より

https://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/shouhi/0403fukyuritsu.xls

最終アクセス2020年1月13日 

[117] 税理士の関与割合は、平成29年度は法人で88.9%、個人で20.2% 財務省「平成29年事務年度国税庁実績評価書」(2018年10月)129頁より

https://www.mof.go.jp/about_mof/policy_evaluation/nta/fy2017/evaluation/201810ntahyoka-jissekizentai.pdf 最終アクセス2020年1月13日

[118] 西野道之助「事業者免税点制度の考察」 第45回年次大会研究報告書 東京税理士会日本税務会計学会(2009年11月)114頁

[119] 税制調査会「平成15年度における税制改正についての答申-あるべき税制の構築に向けて-」 租税研究第638号(2002年11月)125頁

結果的には、全ての法人に事業者免税点制度を不適用とする改正は見送られた。

[120] 三菱UFJリサーチ&コンサルティング「消費税に係る実態調査」(2011年12月)14頁(調査対象者:日本商工会議所、全国商工会連合会、全国中小企業団体中央会、全国商店街振興組合連合会に加盟する中小企業者)

[121] 山田晃央 前掲(注)8 17頁

[122] 所得税法第232条第1項 なお、法人については昭和59年度改正で法人税法が改正され、白色申告法人についても、昭和60年1月1日以後に開始する事業年度から記帳義務が課された。

[123] 山田晃央 前掲(注)8 68~69頁

[124] すでに、紙の領収書をスキャナやスマートフォンアプリで読み込み、読み込まれた内容をデータ化して自動的に仕訳をして、会計ソフトに取り込むシステムも実用化されているところである。

[125] 伊藤忠通「付加価値税の納税協力費」 租税研究第465号 日本租税研究協会(1988年7月)46頁

[126] 伊藤忠通 前掲(注)125 46頁

 この費用は義務的な納税協力費であり、この他にも「自由裁量的な納税協力費があり、こちらは納税者が節税対策のために専門家に支払う報酬がこれに含まれる。本来の納税協力費には、この自由裁量的費用を含めるべきではなく、義務的費用だけに限定すべきであるという考え方もある」という。

[127] 課税期間を1年とし、その後2カ月以内に申告納付をすること。わが国の消費税の課税期間が1年と長いことから、ベネフィット(運用益)が発生する点が、問題視されることもある。

[128] 尾崎護「消費税をめぐる諸課題-特に消費税の転嫁とコンプライアンス・コストの問題について-」 租税研究第470号 日本租税研究協会(1988年12月)38~39頁

[129] 横山直子「消費税に関する納税協力費の特徴」 『徴税と納税制度の経済分析』 中央経済社(2016年2月)135~151頁

[130] 横山教授によると「現在、税理士報酬規程は廃止されているが、現在も各税理士事務所において参考として用いられている。これに加えて現役税理士のインタビューの実施などから納税協力費を算出した」という。

[131] 日本税理士連合会『新税理士法〔三訂版〕』 税務経理協会(2009年7月)20頁

[132] 計算上は、最高で90万円程度。麻生財務大臣の国会答弁によると、インボイス制度が導入された際に免税事業者が課税事業者に転換することで、財務省は1事業者あたり、15万4千円程度の増収を見込んでいるということから、平均して、15万円程度の益税が発生しているという状況が考えられる。

 第198回国会衆議院財務金融委員会議事録第3号(2019年2月26日)http://www.shugiin.go.jp/Internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/009519820190226003.htm#p_honbun 最終アクセス 2020年1月6日