第3章 事業者免税点制度による益税

第1項 消費者にとっての益税問題

1.一般的なイメージとして、益税の性格については、「消費者の支払った税金が事業者の懐に残る悪しき制度[103]」と捉えられる傾向にあるが、静岡大学研究チームは、免税点制度と簡易課税制度を「世界でもまれな『消費者による業者への補助金システム(税の名を用いた私人から私人への補助)』として作用している[104]」と捉え、矢野教授は、「小・零細事業者の手元にいくばくかの益税がとどまるにしても、それは小・零細事業者の保護・育成の観点をとるならば、小・零細事業者への特例措置はある程度許容できるかもしれない[105]」としている。

 これらの考え方に通底するのは「一般的な益税問題の考え方、つまり公平性を阻害する制度としてではなく、政策的配慮として益税問題を考えている[106]」点である。小・零細事業の保護・育成が国家経済において、重要であることは論を俟たないものの、その方法として、私人(消費者)から私人(小規模事業者)への補助金システムが有効、と考えることはやや筋を違えているのではないだろうか。

なぜならば、「通常の『(隠れた)補助金』は課税権者と納税義務者との関係のみにおいて生じる問題であること、つまり、国等の課税権者は自己が本来取得するはずの税金を免除し、実質的負担者である当該納税義務者を補助するので、ここには第三者は登場しない[107]」のであって、私人の消費者という第三者がそこに介在することは、問題であると考えられるためである。

2.政策的配慮という視点で考えた場合、第2章第5節で取り上げたホテル事件の原告の声を借りれば、5億円の課税売上高がある免税事業者は5000万円が収益となり、さらに言えば、仮に50憶円の課税売上高がある免税事業者は5億円の収益が得られる仕組みであり、皮肉なことに、より経済的に恵まれている事業者を優遇する措置になっているのが現状である。

また、免税事業者を選択した者にとっては、「販売価格といっても、そこには元請け(大企業)からの『指し値』だけが存在し、仕入れに係る消費税相当額を上乗せする(転嫁する)余地はない」ため、「その価格は元請けである、いわゆる大企業に支配される」ことになり、免税事業者が仕入れに係る消費税相当額を自らが負担しなければならない「損税」の状況が発生してしまう。また、逆に仕入側の価格支配力の強い大企業こそが消費税相当額を価格に過剰に転嫁するため、「益税は、大企業にこそ生じている可能性が高い[108]」という指摘[109]もあり、ここでも、小・零細事業の育成・保護といった政策的配慮が、逆効果となってしまっている可能性がある。

そのため、政策的配慮という視点に立つのであれば、私人から私人へという曖昧な形ではなく、よりはっきりとした形(例えば、消費税制度外での、国・地方等からの補助金といった形等)で、消費者に納得のいく仕組みづくりが必要ではないかと、筆者は思考する。

3.また、政策的配慮の一環ともいえる、「事業者の納税事務負担の軽減は必要なこと」であり、「理解できないでもない」が「消費者の支払った消費税が、そのまま国庫に納まらないで、受け取った事業者の手元に『益税』として残るような課税の仕組み、換言すれば事業者は現実に国庫に納める以上の消費税を消費者に転嫁(過剰転嫁)し得るような課税の仕組みが、合理的であると言うことにはならないだろう[110]」として、吉良教授は、不当な転嫁からの消費者の保護を検討し、消費者の立場を充分に考慮した法の見直しの必要性を説いている。

また、西山教授は「消費者にとって購入先が免税事業者かどうか判然としない状況で、最終消費者の負担の平等が阻害されるのではないだろうか[111]」として、同じく消費者の保護を訴えている。 この問題に対して、野口教授は解決策として、「『課税業者証明』を税務署が発行し、これを店頭に表示させることが考えられる。この表示がない店舗は免税業者であることが一目瞭然だから、消費者は安い価格を要求できよう。免税業者であることがわかれば、客が集まって売り上げが伸びることを考えれば、免税業者が反対する必然性もない。免税という税制上の特典が与えられている以上、消費者はその恩恵にあずかる権利がある。この方式は事務的にも簡単だから、ぜひ導入すべきである[112]」と提案しており、筆者も、後のインボイス(適格請求書等保存方式)制導入時を目途に、この制度の導入を検討すべきと考えている。少なくとも、「物またはサービス購入の際のレシート中に、課税業者からの購入の証として、当該事業者の付加価値税番号(VAT Number)が記される[113]」ような形で、課税事業者であることが判明するといった仕組みは確保すべきである。益税問題について、消費者の視点は、本項で確認できたため、次項では事業者にとっての益税問題を取り上げてみたい。


[103] 平野正樹 前掲(注)96 173頁

[104] 静岡大学研究チーム 前掲(注)95 170頁

 ただし、本文中でこの補助金システムを積極的に評価するという論旨ではない点に注意が必要である。

[105] 矢野秀利「消費税と益税問題」 税経通信VOL.49No.7(1994年6月)77頁

[106] 平野正樹 前掲(注)96 173頁

[107] 三木義一「中小企業に対する特例措置と『益税』問題」 税経通信 VOL.49No.11(1994年8月)70頁

[108] 紙博文「消費税法に関する研究-益税を中心として-」 経営情報研究:摂南大学経営学部論集 第11巻第2号(2004年2月)64~68頁

[109] 製造業等の下請けの小規模事業者に限られ、消費者を顧客とする小売業等には該当しない。

[110] 吉良実「消費税の転嫁」 税法学第484号 税法研究所(1991年4月)7頁

[111] 西山由美「小規模事業者に対する消費課税」『公法学の法と政策 上巻』 有斐閣(2000年9月)716頁

[112] 野口悠紀雄『税制改革のビジョン』 日本経済新聞社(1994年10月)78~79頁

[113] 西山由美 前掲(注)111 717頁

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