第7節 真の「小規模事業者の事務負担への配慮」とは

1.小規模事業者について、事務負担に配慮をすることは、そもそもどういったことを言うのだろうか。改めて、最後に確認すべき事項として、取り上げてみたいと思う。

 西山教授によると、欧州委員会において、「コンプライアンス手続きの簡素化」プロジェクトの最終報告書が2007年に報告されている。その内容は、主として所得税、法人税及び賃金税に関するものだが、付加価値税についても随所に言及されているという。この最終報告書によると、中小企業者の申告納税に係るコンプライアンス・コストは納税額の30.9%であり、大企業のそれが1.9%に過ぎないのに比べて、大きな負担になっているという[345]。この負担の原因は、以下が指摘されている、という。

①租税法令の頻繁な改正

②大企業は対応できても中小企業には対応が難しい課税システムの複雑さ

③諸手続が複数の行政庁にわたること

④法令の冗長な文言

⑤納税資金調達の観点から、短すぎて融通のきかない納期間

⑥コンサルティング費用の追加負担

⑦登録手続費用の追加負担

 わが国の現状に当てはめて考えてみると、①②④については、本稿の第6章で考察した通り、わが国の消費税法においても、同じ指摘が当てはまる。また、③や⑦については、わが国の消費税法には当てはまらない上、⑤や⑥についても、わが国では、さほど深刻な問題ではない、と思われる。

2.こういった状況に対して、コンプライアンス・コストの低減の試みを具体的に検証し、最終報告書では、実践例を紹介している、という。そのうちの付加価値税に関する部分を、本稿では、紹介する[346]

⑴起業時における情報提供-ドイツの場合

 工業会議所及び商業会議所が、起業を予定している者に対して無料セミナーを開催。特に、租税に関する重要情報を提供。起業予定者の個人的な相談も可能。

⑵公的ネットワークによる情報提供-ベルギーの場合

 財務省管轄の公的機関によって構築されている接続無料のネットワークに租税法令や通達のみならず、学説、解説及び課税当局の見解が閲覧可能。理論と現場が融合することを目指して、検討中の事項についても公表。

 ⑶納税・還付手続-スウェーデンの場合

 課税当局が管理する納税・還付専用口座によって、全ての租税の納税(還付)が可能。オンラインバンキング同様の機能を利用することもでき、この電子専用口座では、残高確認に加えて、全取引の確認、納期未到来の納税額の確認が可能。

 ⑷納税及び罰金支払の方法-イタリアの場合

 異なる税目又は社会保険料の納税を単一の書式で行うことが可能[347]。銀行口座からの電子納税が義務付けられており、納税及び還付は、ネットワークによって申告書が電送され、銀行から引き落とされる。これらの手続に必要なソフトウェアは、税務当局から無償提供。また、先に見たパソコンに不慣れな小規模事業者については、税務署が申告書を作成[348]する。

3.このような取り組みも小規模事業者の事務負担に対する配慮の一環として、もっと真摯に参考にすべき試みと、筆者は考える。むしろ、筆者の考えでは、事業者免税点制度自体は「事務負担への配慮」といいながら、消費税の納税義務を免除することによって、事業者を放任するだけで、事務負担を軽減するとの意味においては、実は何も配慮をして来なかったのではないか、という疑念に駆られるからである。

つまり事業者免税点制度は、小規模事業者に免税というお目こぼしを与えるだけで、あとは見て見ぬふりをして放任してきたのが現状である。その結果として、税率の上昇とともに益税の発生や脱税スキームの悪用事例が多発することとなり、それを封じるための法改正の繰り返しの中で、制度は複雑化している現状をも生み出していた。更には、インボイス制度の導入によって小規模事業者の取引排除という新たな難題が生じたことにより、改めて小規模事業者への対応を真に考え直すべき時が来ているように思われるのである。

4.この点に関し、欧州委員会の「コンプライアンス手続きの簡素化」プロジェクトの最終報告書は、コンプライアンス・コストの低減のための手法として、以下の項目を提案している。

 ①法令を頻繁に改定せず、予測可能であること

 ②事業に関する様々な登録を1か所に集約させること

 ③常に的確な内容に更新されている情報の提供

 ④小規模企業者への情報とサポート

 ⑤法と通達の整合的な解釈が示されなければならない

 ⑥税務会計の簡素化が必要である

 ⑦申告書の書式等の要件は、小規模企業者の実務に相応したものでなければならない

 ⑧電子申告は、手続きのスピードを上げるのに有用

 ⑨納税の事前通知は、納税と還付のスピードを上げるのに有効

 ⑩起業したばかりの事業者に対しては、十分な情報提供することにより、罰則手続を回避することができる

上記の内容は②と④と⑩のように内容が重複する部分もあるが、特にこの10に及ぶ提案の中でわが国の消費税法が教訓とすべきは、①の「法令を頻繁に改定せず、予測可能であること」と、⑥の「税務会計の簡素化が必要である」と⑦の「申告書の書式等の要件は、小規模企業者の実務に相応したもの」であると思われる。

①については、第6章に見た通り事業者免税点制度は複雑化の一途を辿る歴史であったことから、インボイス制度の導入という重要な節目を迎えて、今後は頻繁な改正の必要がない安定的な法制度を志向すべきである。⑥の簡素化と⑦の書式等の問題は、本章でみた諸外国の例を参考にIT技術等を利用した方法に、今後のわが国の消費税法のあり方のヒントを見つけていくべき、と筆者は思料する。

5.本章では、インボイス方式による場合の事業者免税点制度について、問題点を挙げ考察を加えてきた。そこでは、今後発生しうる問題について確認し、その問題に対する諸外国の取り組みを紹介してきた。

では、今後わが国の消費税法において、法令を頻繁に改定しないためには、どのような仕組みがふさわしいだろうか。そして、申告書の書式等の仕組みや簡素化の問題はどうのようにすべきだろうか。次章において、探っていこうと思う。


[345] 西山由美 前掲(注)325 90頁

[346] 西山由美 前掲(注)325 90~91頁を参照した。

[347] 「ただし、この方法による場合の納税額の限度は、51万6456ユーロ90セントに設定されている」という。 西山由美 前掲(注)325 91頁

[348] 本稿 156~157頁を参照されたい。