1.韓国では、「コンピューター(原文ママ)の発達とともに、2011年から電子インボイス方式を導入したことにより、国税庁の作業は大幅に削減された。電子インボイスの目的は集計作業の省力化と紙のインボイスによる偽の仕入税額控除(『インボイス屋』の横行)を防ぐことにある。電子インボイスを発行すると取引の相手方に電送されるとともに、国税庁のサーバーに電送される」という。ペーパーインボイスは、偽造が容易であることに加えて、クロスチェックに膨大な時間がかかることが弱点であったが、電子インボイスであれば、その2つの弱点を同時に解決することが出来る画期的な方法であると思われる。
そして、韓国では「すでに法人取引のうち98.4%が電子インボイスによっている」状況であるものの、「年間売上高3億ウォン(3000万円)以上の個人事業者の普及率は54%となっており、2分の1弱の者がいまだ電子インボイスによっていない(2016年分、韓国国税庁統計資料による)」状況である。また、「年間売上高3億ウォン未満の個人事業者は電子インボイスによる義務がないため、相変わらず紙のインボイスを使っている[304]」状況とのことである。
また、消費者への販売は、インボイスの発行義務がないため、特に消費者に対する現金売上は国税庁が把握できない弱みがあったが、この状況を改善するために、韓国では政府主導で、クレジットカードによるキャッシュレス決済取引を奨励することになった。その方法は「奨励するといっても、ただでは普及しない。そこでサラリーマンに対し年末調整で200万ウォン(20万円)から300万ウォン(30万円)のクレジットカード所得控除制度[305]という餌を与えた[306]」という。このほか、宝くじの権利付与[307]や、店舗でのクレジットカード取扱義務付け[308]を行うことで、クレジットカード発行枚数は、1999年から2002年にかけて2.7倍、クレジットカード利用額は6.9倍に急拡大[309]したという。
その内訳は、発行枚数1億480万枚であり人口は4734万人であることから人口1人当たり2.2枚であり、利用総額は約622兆ウォンであり実質GDPが約1020兆ウォンであることから、実質GDPの約61%にも上った[310]。これによりインボイスの発行義務がない消費者に対する販売についても、課税庁側が把握できる確率が上がり、脱税の余地を相当に封じ込んだものと評価して良いと思われる。
2.一方、EUでは、2001年のいわゆる「電子インボイス指令[311]」以降、電子インボイスをめぐる議論が盛んに行われているとのことである[312]。EUでは、2007年にEU法令に係る企業のコンプライアンス・コストを2012年までに25%削減することを目標に掲げ、その重点分野の一つとして付加価値税を挙げていたという[313]。また2009年に行った調査によると、EU法令に係るコンプライアンス・コストは、EU全体で795億ユーロと推計され、そのうち付加価値税に関する項目」が上位三つを占めたという[314]。また、その解決策として、統一的で使いやすく入手しやすい、電子インボイス、電子帳簿管理、電子記帳のルール作りや、付加価値税のルール自体の簡素化を挙げているとし、2010年にEUが行ったコスト削減に関する調査では、電子インボイスや電子帳簿を使いやすくし、その利用を促進することによって、約184億ユーロのコスト削減効果が見込まれるとの指摘がなされているとのことである[315]。
更には、これらの調査結果を踏まえ、インボイスに関するルールの簡素化、電子化及び域内の共通化を目的とするEU指令(2010/45/EU)が2010年7月に採択され、2013年1月から施行された。具体的には、電子インボイスを紙ベースのインボイスと同様に取り扱うことを明確化する規定や、100ユーロ未満の取引について簡易インボイスの発行を認める規定等が設けられたという[316]。
3.国単位の取り組みとしては、デンマークでは2005年からインボイスが電子化されており[317]、ドイツでは、売上税については電子申告が原則となっているため、申告納税手続の電子化の一環として、インボイスの電子化も進められていて[318]欧州委員会の調査によると、ドイツ国内では年間600億通以上のインボイスが発行されているが、印刷して郵送する場合には1通につき16.16ユーロかかるのに対して、電子インボイスの場合は2ユーロで済むという[319]。これだけのコスト削減効果(約8分の1)があることに加えて、偽造の難しさという長所をもつ電子インボイスを、わが国においても、積極的に導入を検討すべき、と筆者は考えるところである。
4.また、韓国においては電子化によって(中略)記入漏れや間違いの確認が容易なため、訂正のための費用の削減・間違った場合の加算税発生の防止というメリット[320]も挙げられており、韓国租税研究院の試算によると、約7000億ウォン(約500億円)のコンプライアンス・コスト削減効果が見込めるとされている[321]。
今後、インボイス制度を導入するわが国においても、「インボイスの発行及び管理にかかるコストの削減を進めるためには、電子インボイスや電子帳簿の利用を促進する取組が重要になる[322]」ことは、間違いないと思われる。
[304] 湖東京至 前掲(注)301 80頁
「簡易課税適用者は売上高が4800万ウォン(筆者注:約440万円)以下なので全て電子インボイスの対象外」になるという。
[305] 韓国所得税における基本控除(わが国でいう扶養控除)は、家族1人当たり150万ウォン(本人を含む)であることから、このクレジットカード所得控除制度の扱いの大きさが分かる。
税理士法人トーマツ『アジア諸国の税法(第7版)』 中央経済社(2011年9月)9頁を参照
[306] 湖東京至 前掲(注)301 80頁
[307] 経済産業省「キャッシュレス・ビジョン」 経済産業省 商務・サービスグループ消費・流通政策課 (2018年4月)15頁
クレジットカード月1000円以上利用で毎月行われる当選金1億8000万円の宝くじ参加権の付与される、とのことである。
[308] 経済産業省 前掲(注)307 15頁
年商240万円以上の店舗が対象となった。
[309] 経済産業省 前掲(注)307 15頁
[310] 「政府の施策に沿う形でクレジットカード各社が会員獲得を急激に目指した結果、与信枠の過剰な提供により多重債務の問題が発生したり、情報管理が曖昧になり大規模な情報漏えい事件があったりしたことは、我が国におけるキャッシュレス推進の教訓にすべきとの意見もある」という。 経済産業省 前掲(注)307 15頁
[311] 「2001年の指令には、EUの加盟各国が、電子VATインボイスを発行することを承認し、クロスボーダーの電子インボイス等の互換性を可能にすることで、電子VATインボイスをEU単位で共通仕様にするためのルール設定をするとともに、課税の透明性を高めるものとする趣旨が含まれていた」という。 永田理絵「電子VATインボイス」 税務事例VOL.44No.4 財経詳報社(2012年4月)36頁
[312] 西山由美「インボイス制度の概要」税研131号 日本税務研究センター(2007年1月)18頁
[313] 佐藤良「インボイス方式導入をめぐる経緯と課題」調査と情報第949号 国立国会図書館(2017年3月)12頁
[314] 佐藤良 前掲(注)313 13頁
「具体的には、『税務調査に対応するための帳簿管理』が359億5100万ユーロ(第1位)、『定期的な申告事務』が201億7900万ユーロ(第2位)、『インボイスの発行』が92億4400万ユーロ(第3位)との結果であった」という。
[315] 佐藤良 前掲(注)313 13頁
[316] 佐藤良 前掲(注)313 13頁
[317] 井堀利宏「複数税率の功罪-経済学の視点から」税研131号 日本税務研究センター(2007年1月)20頁
[318] 西山由美「消費税の税率構造とインボイス-伝統的消費税と現代的消費税からの示唆」 税理VOL.59No.5 ぎょうせい(2016年4月)5頁
[319] 西山由美 前掲(注)318 5頁
[320] 李炫定・渡辺智之「韓国の電子インボイス制度」 税務弘報VOL.61No.2 中央経済社(2013年2月)126頁
[321] 李炫定・渡辺智之 前掲(注)320 126頁
著者によると「韓国国税庁の担当者の説明による」という。
[322] 佐藤良 前掲(注)313 13頁