1.前節のドイツの例では取引排除に問題に対して、機動的な課税事業者判定を設定することで課税事業者を選択するインセンティブが働くような仕組みが構築されていた。この仕組みにより課税事業者を選択する事業者については取引排除の問題は、ある程度解決されることとなった。
しかし、業種によって取引の途中に課税事業者以外の者(個人や小規模事業者)が関与する場合、特に中古品取引において控除できない税額累積の問題[375]が生じることがある。
EU域内の共通システムではこの問題に対処するため、中古品、芸術品、収集品及び骨董品取引について、販売価格から仕入価格を差し引いた価格に税率を乗じて納税額とする差額課税方式(margin scheme)を1994年から取り入れているという[376]。
2.わが国では、与党税制協議会が軽減税率制度の導入を、平成26年度与党税制改正大綱において決定したことを受け、マージン課税について国民に広く意見を聞きながら検討することとした試案[377]を打ち出している[378]。
同試案によると、マージン課税の適用を受けるためには、原則として古物等を一品管理し、仕入に係る情報(仕入先、仕入価格)に加えて売上に係る情報(売上先、販売価格)も明らかにする必要がある。また、1万円未満の古物の取引等には記帳義務が免除されているものの、別の形での新たな記帳義務を課す必要があるとされている。このようにマージン課税制度はそのものが例外規定でありながら、その制度中にも例外が生まれる仕組みであり、簡素な制度を志向する方向性には逆行しているようにも思われる。
3.そのため、このような例外を認めてしまうと消費税の本来の姿から逸脱してしまうので、最初から設けるべきではないとする専門家[379]や消費税の美点であるシンプルさをどんどん浸食しているとする専門家の指摘[380]もあり、導入への慎重論は根強いものがある。
その一方で、「二重課税を排除するためには、マージン課税制度の導入は不可欠である。同時に、そのような特例措置を適正に運営していくための新たな手続きを検討していく必要がある[381]」として、導入は不可欠とする強い姿勢を打ち出す専門家もいる。また「日本ではもう少し広い範囲で、すなわち、小規模事業者が介在するために仕入税額控除が遮断される場合だけでなく、非課税取引に係るために仕入税額控除が遮断される場合にも利用できるかもしれない。利用範囲の設定次第では税収にも影響を及ぼすことにも注意を払いつつ、さらなる検討の余地はある[382]」として、応用を効かせた形での導入に積極的な姿勢を示す専門家も見受けられた。
筆者はシンプルさを失うという意味では同制度の導入には懐疑的であるものの、西山教授が提案する欧州型のマージン課税制度に新たな応用を効かせた形での導入には一考の価値があるように思われる。
また、中古品のリサイクル事業自体は国を挙げて取り組むべき課題でもあり、また先に見たシェアリングエコノミーの取引対象としても、まだまだ拡大する可能性が大きい分野であると考えられるため、本特例を採用することを検討すべきと筆者は考えるのである。
[375] ドイツでは自動車関連産業が主要産業の一つであることから、中古車ディーラーのもとでの税額累積、すなわち個人から仕入れた中古車について仕入税額控除ができないことが問題視されていた。
西山由美 前掲(注)177 135頁
[376] 西山由美 前掲(注)177 135頁 EU指令311~343条
[377] 平成26年度与党税制改正大綱 資料7「マージン課税制度について」 与党税制協議会(2014年6月)28頁
同協議会は、「消費税の軽減税率に関する検討について」と題する報告書を平成26年6月5日に公表し、「線引き例と財源について」「区分経理について」「簡易課税とマージン課税について」の3点について、国民に広く意見を聞きながら検討することとしている。
[378] 熊王征秀「簡易課税とマージン課税」 税務弘報第62巻第9号 中央経済社(2014年9月)74頁
[379] 金井恵美子・熊王征秀「インボイス制度は可能か-区分経理方法・簡易課税・マージン課税」 税務弘報第62巻第9号 中央経済社(2014年9月)57頁より熊王教授発言
[380] 金井恵美子・熊王征秀 前掲(注)379 57頁より金井税理士発言
[381] 森信茂樹「monthly TAX views -No.18-軽減税率・インボイス導入と共に必要となる『マージン課税』」 Profession Journal No.76(2014年7月)
https://profession-net.com/professionjournal/tax-article-103/ 最終アクセス 2020年1月2日
[382] 西山由美 前掲(注)177 137頁
非課税取引に係る仕入税額控除の遮断の問題は大きな問題であるため、西山教授の説くマージン課税拡充策についてはかなり慎重な議論が必要になると思われる。