第1節 事業者免税点制度の縮小

第8章 今後の事業者免税点制度のありかた

1.本論文では、事業者免税点制度に関する様々な問題を扱ってきた。その中でも特に対処すべき問題は、第2章の判例で見た脱税スキームの問題と第3章に見た益税の問題である。

脱税スキームに関しては今後のインボイス制度の導入により、免税事業者からの仕入れに関して免税事業者はインボイスを発行できないため仕入税額控除が制限されることから、解決に向かう方向が示されている。

益税の問題に関しては、税率の上昇に伴って事態が深刻化している状況である。

2.そこで益税問題に対する解決策の一つとして、法人については事業者免税点制度を廃止することを、筆者は改めて提案したい。なぜならば、第6章第5節で確認した通り、規制されるべき対象はその多くが法人を設立することによりスキームが仕組まれている現状があるためである。

ただし、「法人といってもその形態は多様であり、すべての法人について一律に事業者免税点制度から除外することは困難である[349]」として、PTAや同窓会といった者についても納税義務を負わせてしまうことを問題視する声もあった。この問題については、消費税法が「人格のない社団等」を「法人」とみなす[350]ことから生じる問題であるが、税務署長に一定の申請をすることで、納税義務を免除する方法等で対応するなどの配慮を検討すべきと思われる。

3.また個人事業者については、第7章第2節の「小規模事業者の実態」で見た通り、労働者か個人事業者なのかが曖昧な個人請負型就業者が100万者近く存在している状況を確認してきた。中でも、シルバー人材センターに加入する会員のような者を事業者とみなして、消費税を課する必要はないと思われる。反対に年間に課税売上高が800万円~900万円に及ぶような免税事業者の個人タクシー運転手を想定すると、同料金で営業する課税事業者のタクシー運転手との不公平性が問題[351]になる、と思われる。

4.更に新たなる個人事業者の形として現在、急速にその存在感を強めているのが、シェアリングエコノミーの個人間取引である。

シェアリングエコノミーとは、個人等が保有する活用可能な資産等を、インターネット上のマッチングプラットフォームを介して他の個人等も利用可能とする経済活性化活動である。ここで活用可能な資産等の中には、スキルや時間等の無形のものも含まれるという[352]。西山教授によると、この説明はシェアリングエコノミーと聞いて一般にイメージする、Airbnb、Uber、ネット上のフリーマーケットのメルカリなどのビジネスモデルの説明には十分であるものの、実態はこれらビジネスが行う「耐久消費財(住宅、自動車など)のシェア」および「各種サービスの提供」にとどまらず、更に多岐にわたっているという[353]。シェアリングエコノミーの市場規模は矢野経済研究所によると、2016年度539億円であったのに対し2022年度には1386億円にのぼると予測されている[354]ことから、その高い成長性を伺うことができる。そしてシェアリングエコノミーはわが国のみならず世界においても、まだまだ黎明期と言える状況であり、技術の革新に連動する形で飛躍的に発展する分野である可能性が高い[355]

 そして、このビジネスの中心をなすのが個人間取引であるC to C取引であり、この取引(サービス)の提供者である個人が副業として反復継続的に相当金額を得て[356]取引を行っている場合において、基準期間における課税売上高が1000万円を超える場合には消費税の納税義務者となるべきである[357]

5.ただし、この新たなる個人事業者であるP to P取引は、副業・兼業として行われるもの[358]も多く、現状の基準期間における課税売上高(1000万円)の基準では捕捉できない事例が殆どであることも想定される。その結果として、競業する他の事業者に課税の点(だけではなく、施設にかかる行政規制の点でも)で不利な競争を強いていることが、シェアリングエコノミーの最大の課題となっている[359]

それと同時に、Uberの事例では、利用者が事業として対価を支払って利用した場合に、サービス提供者(運転手)のほとんどが課税事業者でないことから、インボイスの発行を受けられず、利用者は仕入税額控除が受けられないことも問題化している[360]

 そこで筆者は、個人事業者については300万円程度まで免税点を下げることで、従来の益税問題や新たなるシェアリングエコノミーに対する不公平感の問題を解消させることを提案したい。この300万円という基準は「所得税の現金主義による所得計算の特例を受けるための手続[361]」における小規模事業者と平仄を合わせる[362]ものであり、また、事業者としての専業事業者か副業・兼業事業者かを見極める基準としても適当と思われるためである。

6.シェアリングエコノミー、ギグエコノミーにおける新しい個人事業者については、従来の事業者概念[363]でどこまで対応できるか未知数なところがあり、今後も注視すべき分野であると筆者は考える。

 また、シュアリングエコノミーの発展自体は望ましい変化であるが、消費税制の観点[364]からはP to P取引の規模が無視できないほどになった場合の対応が困難になる面があり、非登録者同士の取引についての情報に課税当局がアクセスするのはほとんど不可能であり、課税漏れリスクが高まるとの声もある[365]

その際は、「プラットフォーマー[366]と課税当局間の協力関係にもとづき、プラットフォーマーが保有している消費税関係の情報が課税当局に正しく伝達されることにより、既存の事業者に対する消費課税との間に齟齬がないようにするべき」であり、「ただし、その協力関係構築のためには、プラットフォーマーが複数の国でビジネスを展開しているということを踏まえ、事業者側の伝達手続の国際的標準化やコンプライアンスコストの軽減が不可欠である[367]」という視点が重要と思われる。


[349] 望月俊浩「消費税の複数税率化を巡る諸問題」 税務大学校論叢第42号 税務大学校(2003年6月)224頁

[350] 法第3条(人格のない社団等に対するこの法律の適用)

 人格のない社団等は、法人とみなして、この法律の規定を適用する。

[351] わが国においては法規制の影響もありほとんど普及していないが、世界的にはUberやLyftといった配車サービスアプリによる個人タクシーが爆発的に普及している状況があり、既存のタクシー業界は消費税の課税事業者であり個人タクシーは免税事業者であることから、その不公平性が問題視されている。(本稿では、このあとイギリスにおけるUberの例を取り上げる)

[352] 総務省「平成29年版情報通信白書」https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h29/html/nc110000.html 最終アクセス 2019年12月29日

[353] 西山由美「シェアリングエコノミーに対する消費課税」 租税研究第828号(2018年10月)日本租税研究協会 126~127頁

 その内訳は西山教授によると、第一に、その内容において、「非耐久消費財(食事)の提供」「投資財(機械、工場など)」「無形資産(クラウドファウンディング)」も含まれる。

 第二に、その目的において、営利活動のみならず非営利活動(純粋な慈善活動)も含まれる。

 第三に、その当事者については、デジタルサービスに対する所得課税および消費課税を考えるときに想定される「事業者間取引」(以下B to B取引という)および「事業者・消費者間取引」(以下「B to C取引」)に加えて、「個人間取引」(Peer-to-Peer取引、以下「P to P取引」がビジネスの中心を成すことが多く、課税の局面でも論点となる、という。

[354] 矢野経済研究所「シェアリングエコノミー(共有経済)サービス市場は2桁増のペースで成長!」プレスリリースNo.1988

https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/1988 最終アクセス 2019年12月29日

[355] 2019年5月スマートフォンを活用する配車サービス大手、米ウーバーテクノロジーズがニューヨーク証券取引所に株式を上場し、時価総額は円換算で8兆円超に達した。 

ウーバーは2009年に発足し、一般のドライバーが利用者を運ぶライドシェアで急成長した。約60ヵ国・地域で毎月9100万人が同社のサービスを使い、利用者は2年前に比べて倍増した、という。 日本経済新聞「〔社説〕ウーバー上場の意味するもの」日本経済新聞電子版(2019年5月19日)https://www.nikkei.com/news/print-article/?R_FLG=0&bf=0&ng=DGXMZO44990400Y9A510C1SHF000 最終アクセス2019年12月29日

シェアリングエコノミーの旗手として、この企業に対する投資家の期待と評価の高さが時価総額の8兆円超という数字に表れている。ちなみに日本において時価総額が8兆円を超える企業はトヨタ自動車他数社しかない。

[356] 問題になるのは、「お金を使うことなくスキルの物々交換が行われる場合である。たとえば、自分の子供の面倒をみてもらう代わりに英語を教えてあげる、という本人同士が合意する場合」という例が紹介されている。

森信茂樹『デジタル経済と税 AI時代の富をめぐる攻防』 日本経済新聞社(2019年4月)159~161頁

[357] 配車プラットフォームを運営するUber、民泊プラットフォームを運営するAirbnb、インターネットオークションを運営するeBay(わが国では、メルカリやヤフオク等)などを介して運転サービス、宿泊施設の提供、物品の販売を行う個人などが想定される。 西山由美 前掲(注)353 132~133頁

[358] このプラットフォーム(UberやAirbnbといった企業が運営するインターネット上のサイト)を介して単発の仕事を請け負う労働形態は「ギグ・エコノミー(gig economy)」と呼称されている。

佐藤了「シェアリング・エコノミーの問題点」 調査と情報No.985 国立国会図書館(2017年11月)1頁

[359] 西山教授が、具体例として英紙Financial Times(2017年1月3日付)の「Airbnb、法律の抜け穴を利用してホテルに勝つ」という記事を紹介している。

 その内容は、「Airbnbによれば、住宅シェアの大きな利点は、旅行者にとっては費用節約、ホストにとっては副収入の獲得だという。しかしながらホテル業界は、衛生管理、バリアフリー、防災設備などあらゆる点で法的規制に格差があることから、アンフェアな競争状態にあるとの不満を抱く。(中略)典型的なロンドン市内のホテル料金にかかる付加価値税と資産税の負担は、付加価値税の仕入税額控除後でも17%である。他方、Airbnbによる滞在は、年間83000ポンド(筆者注:イギリスの付加価値税の免税点)までは税が課されないため、ごくわずかのホストしか納税しないことから、税負担はわずか0.6%となっている」という。

西山由美 前掲(注)353 128~129頁

[360] 西山由美 前掲(注)353 134頁

[361] 所得税法第196条

 法第67条(小規模事業者の収入及び費用の帰属時期)に規定する居住者で前条各号に掲げる要件に該当するもののその年分(不動産所得を生ずべき業務及び事業所得を生ずべき業務の全部を譲渡し、若しくは廃止し、又は死亡した日の属する年分を除く。)の不動産所得の金額及び事業所得の金額(山林の伐採又は譲渡に係るものを除く。)の計算上総収入金額に算入すべき金額は、法第2編第2章第2節第3款(収入金額の計算)(法第41条(農産物の収穫の場合の総収入金額算入)を除く。)の規定の適用を受けるものを除き、その者の選択により、これらの業務につきその年において収入した金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて収入した場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とすることができる。

[362] 所得税法第196条における小規模事業者は、前々年分の不動産所得の金額及び事業所得の金額を基準としているが、消費税法の基準は前々年分の課税売上高である点で、異なることを周知する必要はある。

[363] 2016年に英国労働裁判所において、「Uberの運転手は被用者である」という判断が示されており、その判断の中で「ロンドンのUberはプラットフォームで連結されている3万の小規模事業者のモザイクから成り立っているという考え方は、一般的に奇異に感じられる」と述べられた、という例が紹介されている。

西山由美 前掲(注)353 134頁

[364] シェアリングエコノミーに対する消費課税について、EU加盟国がそれぞれ措置を講じ始めている例が西山教授によって紹介されている。

 アイルランドは、2016年に「シェアリングエコノミー租税センター」を設立し、プラットフォームを用いて利益を得た個人の申告納税をサポートしている。

 ベルギーは、やはり2016年に「プログラム法」を制定し、一定の条件(個人間取引であること、認可プラットフォームを通して支払がなされていること等)のもとで、付加価値税の納税義務を免除することとした。

 エストニアは、2015年に配車サービスの領域で、提供者(運転者)と利用者がプラットフォームに登録している場合、取引終了後にプラットフォーマーが課税当局に取引金額を通知するシステムを構築した。このデータは課税当局が運用している最新システムに連動して所得税申告が自動的に行われる。これは、配車サービス提供者の所得税申告システムであるが、これは消費課税にも応用することは可能であろう、とのことである。

西山由美 前掲(注)353 135~136頁

[365] 渡辺智之「経済の電子化と消費税制の対応」 ジュリスト1539号 有斐閣(2019年12月)32頁

[366] プラットフォーマーとは、インターネットサイトやスマートフォンアプリなどで取引の基盤(プラットフォーム)を提供する事業者をいう。高度な技術により、瞬時にサービスの提供者と利用者をマッチングする企業であり、本稿ではUberやAirbnb、メルカリ等がその代表例として挙げられる。IT業界におけるプラットフォーマーはGAFA(Google・Apple・Facebook・Amazon)が有名。

[367] 西山由美 前掲(注)353 137頁