1.次に取り上げるのは基準期間の問題であり、本稿では第4章において、その問題を掘り下げてきたため、ここで改めてその内容を繰り返すことはしない。
日本税理士連合会はこの問題について、以前から「前々年又は前々事業年度を基準期間として当該課税期間の納税義務を判定する現行の制度では、その課税期間の課税売上高が多額であっても免税事業者となり、反対に、その課税期間の課税売上高が少額であっても納税義務を負うような不合理な現象が生じる」として、「基準期間における課税売上高による納税義務の判定を廃止し、すべての事業者を課税事業者とした上で、当年又は当事業年度の課税売上高が一定額以下の場合は、選択による申告不要制度を創設すべきである[368]」という主張を繰り返してきた[369]。
2.第4章で扱ったリーマンショック時のような緊急時の場合はもとより、先に見たシェアリングエコノミーの時代のスピード感覚と2年間という基準期間と課税期間のズレは、余りにも開きが大きすぎるため、日本税理士連合会の主張に倣って、筆者は基準期間の判定の廃止を提案したい。代案として、①EU諸国に見られるような「前暦年の課税売上高及び当期の見込み課税売上高基準」②日本税理士連合会の主張する「当年又は当事業年度の課税売上高が一定額以下の場合は、選択による申告不要制度」③オランダに見られるような「売上ではなく、当期の納付税額(オランダにおいては18万円程度)を基準とする制度」の3つのパターンを挙げてみた。
3.①は、例えばドイツにおいて採用されている。ドイツの事業者免税点制度[370]は、前暦年の売上金額と当暦年の売上見込み金額によって納税義務が判定され、当暦年の売上見込み金額が確定していない状況であれば、当暦年中でも課税事業者を選択することができる。このように柔軟な課税事業者選択を認めているのは、小規模事業者に原則的課税方法に促すためである、という[371]。
わが国においてもインボイス制度の導入が決まり、取引排除の問題が出てきた以上、ドイツのような小規模事業者に課税事業者選択を促す、このような柔軟な仕組みを参考にすべきと筆者は考える[372]。
また、この方法によれば、免税事業者が高額な設備投資をしたことにより還付を受けようとする場合には、前事業年度末までに納税地の所轄税務署長に届出書を提出しなければならず、この届出の仕組みを知らずに控除を受けることができないという「損税」の状況を生みだしていたことに対する解決策にもなろう。
ちなみに基準金額については前暦年、当暦年ともに300万円の基準に統一した方が、簡素な仕組みとして優れているものと考える。
4.また②の案は、「当年又は当事業年度の課税売上高が一定金額以下である」という一定金額がどの程度なのかが判然としないが、現状の1000万円の基準で考えるのであれば、これは大きすぎるため採用することは難しい。そこで、もしこの案を採用するのであれば、やはり基準は300万円程度とすべきであると考える。
③については、納付額を基準にしたオランダの例である。そもそも、売上に対して付加価値が高いか低いかは、業種によってかなりの格差があるという事実[373]があることから、納付税額基準を免税事業者の判定基準とすることも、将来的には検討すべき課題[374]の一つと思われる。
現状で言えば、基準としては納付税額が10万円以下の申告については申告不要とするような考え方も、選択肢の一つとして考慮に入れても良いと思われる。そのことは、先に見たPTAや同窓会が課税事業者となりうる問題に対する一つの解決策にもなり得るものと考えるためである。
[368] 日本税理士連合会「令和2年度税制改正に関する建議書」 (2019年6月)15頁
[369] 筆者の確認できる範囲では「平成15年度税制改正における建議書」まで、遡ることができた。
[370] 西山由美 前掲(注)177 131頁
⑴国内事業者について、課税売上金額(税込み)が前暦年17500ユーロを超えず、かつ当暦年の課税売上見込み金額が50000ユーロを超えない場合、当該事業者から売上税を徴収しない(ドイツ売上税法19条1項1文)。
⑵上記⑴が適用される事業者がこれを放棄したい場合、税額が確定するときまでに所轄税務署に放棄の申請をすることにより、申請した暦年の開始日に遡って課税事業者となる(同条2項1文)。
⑶上記⑵の申請をした場合、適用を受けたい暦年の税額の確定後は、少なくとも5暦年は課税事業者を継続しなければならない(同条2項2文)。
[371] 西山由美 前掲(注)177 132頁
[372] ただし、課税事業者選択後の5暦年に及ぶ継続要件は余りに長く、制度適用の機動性を損なうことから、この点を参考にする必要はないと思われる。
[373] 免税点が1000万円であることによる国庫(地方も含む)税収への影響を考えると、仮に課税期間における課税売上高(税込)が1000万円の場合に、簡易課税制度によるみなし仕入率を参考にすると以下のようになる。
①卸売業 1000万円×10%×10%=10万円
②小売業 1000万円×20%×10%=20万円
③製造業 1000万円×30%×10%=30万円
④その他の事業 1000万円×40%×10%=40万円
⑤サービス業 1000万円×50%×10%=50万円
⑥不動産業 1000万円×60%×10%=60万円
このようにサービス業や不動産業など(みなし)仕入税率の大きい業種ほど、免税額は大きくなるといえる。
植田卓「消費税制度改革案の実務的検討-国民の信頼性と制度の透明性の向上に対する施策について」 税研VOL.18No.2 日本税務研究センター(2002年9月)42頁
[374] 西山由美 前掲(注)111 729頁
西山教授は「免税事業者の認定基準を総売上基準でなく、納付税額基準とするコンセプトも一考の余地があろう」としている。