第5節 規制されるべき対象

1.良くも悪くも場当たり的な改正を繰り返す中で、法はその都度、租税回避的なスキームを部分的に封じ込めることに成功してきた。その一方で、法は複雑化の一途を辿り、実務の現場は混乱し「交通整理」が必要な状態に陥っている。では、その交通整理に先立って、事業者免税点制度の対象から除外すべき、規制されるべき対象者はどのような者か、改めて平成23年10月に発表された会計検査院の報告書で記載された4つのケースに立ち返り、確認してみることにする。

①新設法人でありながら、設立事業年度から多額の売上高[236]を計上する法人がある。

 ②個人事業者が法人成りをした場合、多額の売上高[237]を計上しているのに、設立第1期と第2期が免税事業者であるケース

 ③資本金1000万円未満で法人を設立し、第2期になってから増資[238]をするケース

 ④免税期間を経過した第3期に解散する法人[239]がある

①は、法人として事業を開始したものの、第1期からすでに小規模事業者とは言えない業績をあげた企業であり、②は既に個人事業者として事業が軌道に乗っている法人成りのケースである。③は、新設法人の納税義務の免除の特例を掻い潜ろうとする資本金の操作[240]の意図が明確に読み取ることができる[241]上、④に至っては、確実に免税メリットを受けるためだけの「食い逃げ」の状況である。

2.排除されるべき悪質な行為という観点でみると④が該当し、③も検討すべきものである。しかし、「小規模事業者の事務負担の軽減」という事業者免税点制度の本来の趣旨に立ち返った場合、①も②もその対象ではないことは言うまでもない。検査の対象となった①から④までの計1546法人のうち、納付消費税額の推計可能な計587法人について、第1期の納付税額推計が7億687万円余であり、第2期の納税額推計は10億5026万円[242]である。単純平均で1法人当たり、第1期は120万円余となり、第2期は178万円余の「益税」が発生したこととなる。検査後の改正により、封じられたスキームはあるものの、未だ免税メリットを享受する新規設立法人は、数多く存在する。本検査は税率5%時の推計であることを考慮すると、増税後の現在は、より大規模な「益税」が発生しうる状況下にあると思われる。

3.そこで、こうした状況に対する処方箋として、西野税理士は、親会社が単純な出資等の方法で資本金1000万円未満の子会社を設立した場合、「親会社の威光や親子間取引等により、設立初年度から数億円の売上を計上することも十分あり得る」などの問題点を指摘し、法人をめぐる免税点制度について分析した上で、「すべての新設法人についてこの制度は不適用とすることも考えられるのではないか[243]」と提言している。

 西野税理士の提言について検討すると、この方法は、新設法人すべてをこの制度から不適用にすることで、会計検査院指摘の4つのケースは全て封じ込めることができる非常に有力な方法であると思われる。問題点は、新設法人のすべてを対象にするため、本来の制度趣旨である「小規模事業者の事務負担に対する配慮」に該当する、真に事務負担に苦しむ創業間もない小規模事業者までも排除して、課税事業者にしてしまうことである。この点について検討すると、事業者は事業を行うに当たって、個人事業者か法人かを選択する段階で、真に保護すべき小規模事業者は、法人設立のコストや法人の維持費等を考えて、通常、個人事業者を選択するであろうし、逆に言うと、法人を選択する事業者は、既にある程度の売上や収益が見込まれる事業者であると考えるのが自然である。その意味で、新設法人は、すでに事業者免税点制度の対象ではないと考えることに無理はないと思われる。

 もう一つの問題点は、対象を新設法人に絞ることで、設立から2年間新設法人を寝かせた上で、「新設」期間から外れた上で、免税メリットを享受しようとする者が現れることが想定されるため、もう一段の踏み込みが必要となるところである。

4.この点、山田教授は、「『法人』については、現行の法人税法は確定した決算に基づいた確定申告書を、貸借対照表や損益計算書等を添付して提出することを義務付けた確定決算主義をとっている(法法74①、法規35)ことや、法人税に係る税理士の関与割合は約9割にのぼり、税に関する専門家からのアドバイスを受けられる環境にあること(中略)更には前回(平成15年)の税制調査会での指摘から長期間が経過していること等に鑑み、全ての『法人』について、消費税の納税事務負担に耐えられるだけの事務処理能力を有しているとして免税点制度を不適用としてもよいのではないだろうか[244]」として、「新設」に関わらず、全ての法人について免税点制度の不適用とする提案をしている。

 この提案であれは、潜脱の余地を皆無に近く減らすことができると思われる。つまり、「法人」を用いた、全ての事業者免税点制度を悪用したスキームを封じ込めることができる上に、今後発生するスキームをも未然に防ぐことが可能となる、ということである。また、複雑化の一途を辿った派生規定のうち、法人に関する特例の部分についての条文は、必要がなくなるため、廃止することも可能となり、「交通整理」も進むことから、簡素な仕組みが実現し、事業者・実務家の間に起きていた混乱を、劇的に収縮させることも可能となる。

この方法は、すでにOECD内でも実施している国があり、例えば、オランダでは、事業者免税点制度の対象は「自然人[245]またはパートナーシップ[246]のみに適用」とされており、スウェーデンにおいても、「自然人においてのみ適用」[247]とされている。

5.事業者免税点制度の悪用事例の多くは、「法人」が関係している。その背景には、法人が容易に設立・解散することができるようになったことが、一つの要因として考えられる。そこには、平成18年施行の会社法の改正があったことに加えて、手数料自由化[248]による価格競争(低価格化)・コンピュータ化・IT化の波が、設立登記を扱う司法書士・行政書士の分野にも押し寄せている、ということでもある。また、税理士の顧問契約を交換条件として、会社設立を実質0円で行う会計事務所も多く存在[249]することから、税理士(会計事務所)の存在が、安易な法人設立とそれに伴った事業者免税点制度の悪用を産んでいる可能性を否定できない、と筆者は推測している。  その意味で、山田教授の厳しい提案は、事業者だけではなく、税理士を始めとする会計・税務の職務に携わるすべての実務家(無論、末席を汚す筆者も含め)にとって、改めて「法人」について考え直し、襟を正す良い機会、と考えることも出来るのではないだろうか。


[236] 前掲(注)198参照

[237] 課税事業者である個人事業者206人が、平成18年中に資本金1000万円未満で法人成りをして同一の事業内容等で事業を開始した後、設立2年以内に事業者免税点制度の適用を受けていた場合の法人成り後の売上高は第1期が6700万円、第2期が7900万円とかなりの高額でありながら、免税事業者に該当している状況が明らかになった。 会計検査院 前掲(注)68 3頁

[238] 資本金1000万円未満の法人を設立し、第1期に免税事業者となり、第1期中に1000万円以上に増資して、第2期から課税事業者となった法人が10法人、第1・2期は免税事業者となり、第2期中に増資して、第3期から課税事業者となった法人が19法人確認された。 会計検査院 前掲(注)68 3~4頁

[239] 設立2年以内の事業者免税点制度の適用を受けた後に解散した法人、無申告になっている法人、他の新設同族法人へ売上げを移転していると思われる法人が24法人見受けられた。

会計検査院 前掲(注)68 4頁

[240] 例えば、人材派遣業では行政の認可を得るために、資本金2000万円が要件になることから、資本金を操作していると思われる。

[241] 資本金1000万円未満で設立し、第1期中に増資をしたのち、第1期中に再度1000万円未満となる減資を行い、第2期も免税事業者となった法人が4法人報告されている。

会計検査院 前掲(注)68 4頁

[242] 会計検査院 前掲(注)68 4頁

[243] 西野道之助 前掲(注)118 113~114頁

[244] 山田晃央 前掲(注)8 71頁

[245] 自然人とは、近代法のもとで、権利能力が認められる社会的実在としての人間のことで、法人と対比されている概念をいう。

[246] パートナーシップ(partnership)は、英米法において2名以上の者(パートナー)が金銭・役務などを出資して共同して事業を営む関係をいう。

[247] 税理士法人プライスウォーターハウスクーパース 天野史子 前掲(注)178 69頁

[248] 司法書士業に関して、公正な競争の確保や合理性の観点から、平成15年4月に司法書士の報酬に関する規定(平成10年7月1日施行)が司法書士会会則記載事項から削除されている。また、行政書士業は平成11年の行政書士法改正で「報酬規則」がなくなり、平成12年4月1日から自由化されている。

[249] 検索サイト・グーグルで「会社設立 0円」で検索すると、6300万件がヒットする状況である。

新規事業者は印紙税等の実費のみで会社設立を行うことができ、税理士は顧問契約による毎年得られる固定的な顧問料から、設立に伴う手数料を回収することができるという点で、双方にメリットがあることから、このビジネスモデルが浸透しつつある、と思われる。