第6節 取引排除という難題

1.第3節において、インボイス制度における小規模事業者の問題として、事務負担の問題と偽造問題について確認してきた。しかし、同制度で最も難しい問題は、免税事業者への対応であり、取引排除の問題である。

この問題のポイントは、免税事業者は適格請求書・領収書の発行ができないため、取引先が仕入税額控除をすることができないことにある。そのため、取引先・親会社から「免税事業者から買うとうちの税金が多くなってしまう。課税事業者になってよ」と迫られることになり免税事業者は取引の輪から外されてしまうことから、免税事業者はやむなく税務署に課税事業者選択届出書を提出して事業者登録番号をもらうことになるため、零細事業者は課税事業者になって消費税の納税をするか、廃業するか、どちらかを選択せざるを得ない[332]状態に追い込まれてしまう、という問題である。

また、「消費税分だけ便乗値上げをしたくとも、自分で値段をつけられない![333]」という切実な主張を行う事業者もおり、同氏によると、自分で値決めをできないような免税事業者が集中する業界は「農業所得者、建設の一人親方、保険の外務員、個人タクシー、小規模運送や飲食店、理美容」などが挙げられ、「免税点以下の零細な業者も、泣く泣く課税選択をせざるを得なくなる[334]」としている。

確かに、免税事業者である小規模事業者が今まで払ってこなかった消費税を払うことになる負担は、相当に大きなものに感じられることであろう。ただでさえギリギリの収支の上に成り立っている事業が、値上げもできない状況下で消費税を納めなければならないとなれば、現状の収支では赤字に陥ってしまうという状況も想定されることから、小規模事業者にとってこの法改正は死活問題となってしまう。その意味で、小規模事業者の主張は切実である。

2.この取引排除の問題に対し熊王教授は「課税事業者を選択すれば解決するものであり、中小零細企業の優遇制度とは本質的に異なるように思えるのである」として反論している。つまり「取引の流通過程に介在するあらかたの免税事業者は、取引先から消費税相当額を収受しているにも関わらず、これを納税していない。課税選択をして納税することに何の問題があるのだろうか?『実収入が減ってしまう』というのは結果論ではないだろうか?今まで貰い得をしてきたわけであるから、これが本来の姿に戻るのだと考えてはいけないのであろうか?」として、課税事業者こそが本来の姿であることを主張している。

 また、「簡易課税適用事業者であれば、仕入先が免税事業者であっても何ら弊害が生じない。床屋・八百屋・魚屋のように最終消費者を顧客とする零細事業者であれば、取引排除などという問題はそもそも生じないはずである[335]」として、とかく感情論に流れやすい小規模事業者側の主張に対し、冷静な分析をした上で、反論を試みている。

 熊王教授の指摘の通り、そもそも簡易課税適用事業者であれば、仕入先が免税事業者であっても何ら弊害が生じないことから、中小企業間の取引においては、左程の影響がないことも予想される上、最終消費者を相手にする零細事業者には全く関係がないことも忘れてはいけない事実である。

 また、例えば課税事業者のタクシー会社のドライバーと免税事業者の個人タクシーのドライバーが同じ料金で営業していたとすると、免税事業者の消費税分は熊王教授の指摘の通り「貰い得」ということになり、本来の姿(課税事業者)に戻ることが事業者間の公平にもつながることと考えられるだろう。

3.この問題に対する政府側の対応は、免税事業者や消費者などの適格請求書発行事業者以外の者から行った課税仕入れについては、区分記載請求書等と同様の事項が記載された請求書等を保存し、帳簿にこの経過措置の規定の適用を受ける旨が記載されている場合には、次表のとおり、仕入税額控除を受けることが出来る経過措置を設けること[336]としている。

しかし、第198回国会答弁において麻生大臣は、合計10年の準備期間を設けた旨を発言[337]していることから、実際の表を作成しなおすと、次のような形となる[338]

 

4.この政府側の対応に対して「免税事業者に対する6年間の延長措置は、課税事業者になるか廃業かの選択期間を延長させるだけに過ぎない[339]」とする批判的な意見もある一方で、「免税業者は残して、しかし、また、縮小していくという、私からすると極めて中途半端なものになっている[340]」という国会における国会議員の発言もあった。

 確かに湖東教授の指摘の通り、6年の経過措置を経ても、免税事業者を取り巻く環境(取引から排除されてしまう可能性)が変わるわけではないため、この経過措置という方法は問題の本質的な解決にはなっていない。ただし、準備期間を含めた10年間のアドバンテージは、余りにも大きい上、熊王教授の指摘する通り「今までが貰い得」と考えるのであれば、十分すぎる配慮のようにも思えるのである。

 逆に考えると、「貰い得」の反対に「損税」が発生しうる立場に置かれる小規模事業者からは、「いっそのこと、小規模事業者の納税義務の免除の規定が廃止された方がよいだろうと思われる。その結果、小規模事業者に納税義務は生じるが、『損税』は回避でき、『損税』によって小規模事業者の経営の足を引っ張られることはなくなり、将来インボイス方式が導入されたときも、取引の流れから除外されることにもならないだろう[341]」といった声が聞こえてきてもおかしくはないが、現在まで、そういった声は聞かれない。

そのように考えると、小規模事業者の取引排除の問題からインボイス制度の導入に反対する論者は、暗に小規模事業者が「貰い得」によって経営が支えられている状況を認めていることになるのではないだろうか。

5.そして、前原議員の先の発言(麻生大臣に対する国会における鋭い追及)では、そもそも免税事業者を残しておくべきか、無くすという選択肢もあるのではないか、という問いにまで切り込んでいた。これに対する麻生大臣の答弁は、免税事業者制度を①即刻無くす②時間をかけて免税事業者制度を無くす③時間をかけて縮小してある程度残す、という3つの選択肢が考えられる中で、③を選択することで、「その結果480万者がいきなりぱっとどれくらい減るかというのをちょっと見た上で、何だたった5万しか残らなかったじゃないかと言われるんだったら、その段階でまた別のことを考えないけませんでしょし、その経過を見ながら、ちょっと考えさせていただかないかぬ[342]」という答えであり、制度導入後の実際の免税事業者の減少数を確認して、新たな策を考える、という方針が語られたところで、国会におけるこの問題に関する議論は終わっている。

6.この政府の方針は、かつての限界控除制度の段階的な縮小に重ね合わせて見ることもできる。限界控除制度は、消費税の導入当初から採用され、平成3年の改正により課税売上高6000万円以下の事業者が対象であったところを、5000万円以下の事業者と改められた。その後、同制度に対する批判が強く廃止論も強く主張された[343]ことから、同制度は、平成9年4月1日以前に開始し、且つ同日以後に終了する課税期間をもって廃止することが、平成6年11月に国会を通過した税制改革法により決定された。

 こうしてみると、限界控除制度は、麻生大臣の3つの選択肢で考えると、決定から2年強の準備期間を経ていることから、②に近い形で決着させたことになる。また、熊王教授によると、限界控除制度が「改正により段階的に縮小されていったわけであるが、この時には昨今のような反対論はなかったように記憶している[344]」という。

 しかし、今回の法改正においての免税事業者からの仕入税額控除の扱いについては、4年の準備期間と6年の経過措置というバッファを設けることで、免税事業者に対し極端に慎重な姿勢を政府は示したと思われる。このことは、事業者免税点制度が限界控除制度に比べて、消費税法の運用の30年余に及ぶ歴史の中で長年にわたり、小規模事業者にとってかなり重要な位置を占めてきたこと、つまりは小規模事業者に対しての「事務負担への配慮」として、有効に機能していたことを示す一つの証拠とも言えるのではないだろうか。

6.しかし、令和の時代に入り税率が10%に上がる中で、事業者免税点制度により様々な問題が噴出している現状を、益税の問題や脱税スキーム、基準期間、免税点、法改正による複雑化、等の議論を通じて、本稿で確認してきた。その上で改めて事業者免税点制度の趣旨に立ち返り、「小規模事業者の事務負担への配慮」や「税務執行コストヘの配慮」について検討することで、今後のあるべき事業者免税点制度の姿を見出していきたいと思う。

 


[332] 湖東京至「消費税10%、複数税率・インボイスが及ぼす諸問題-見直しに着手する各国動向も-」 中小商工業研究第137号全商連付属・中小工業研究所(2018年10月)12頁

[333] 岡澤利昭「インボイス制度が導入されれば免税事業者がいなくなる!?」 税経新報第652号 税経新人会全国協議会(2017年2月)41頁

[334] 岡澤利昭 前掲(注)333 41頁

[335] 熊王征秀「日本型インボイス制度」 研究年報第12号 大原大学院大学研究年報編集委員会(2018年3月)51頁

[336] 国税庁HPよりhttps://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/pdf/qa/01-15.pdf 最終アクセス2019年12月17日

[337] 第198回国会衆議院財務金融委員会議事録第2号(2019年2月19日)21頁

麻生財務大臣の答弁「四年間の準備期間を設けることに加えまして、更に六年間、免税事業者からの仕入れについては一定の仕入れ税額控除を認める、合計十年ということにさせていただいております」22頁

[338] この4年間の全額控除が可能な期間があるか無いかで、印象は大きく変わるものと思われるが、この現在(令和元年12月)経過中の準備期間を「インボイス制導入への準備期間」と認識している小規模事業者は、どれ程いるであろうか。実務家として顧問先の小規模事業者と日々接する筆者は、残念ながら、余り見たことがない。国税庁のパンフレットにおいても、6年間の経過措置のみを取り上げた表を用いていることから、そのアナウンスの方法については、隔靴掻痒の感がある。

[339] 湖東京至 前掲(注)332 14頁

[340] 第198回国会衆議院財務金融委員会議事録第2号(2019年2月19日)22頁

前原誠二委員発言(麻生大臣への質問答弁)「中小業者に対する配慮というものは十年かけてやるということなんでしょうけれども、方向性としてはどんどんどんどん、いわゆる免税事業者を縮小するという話だというふうに思いますので、(中略)免税業者をなぜ残したのか。つまり、これをやるのであれば、経過措置を設けてなくすという選択肢もあったはずなのに、免税業者は残して、しかし、まだ縮小していくという、私からすると極めて中途半端なものになっているということなんですね。」

[341] 島村建「小規模事業者に係る納税義務の免除の規定とその問題点」 税理第40巻第1号 ぎょうせい(1999年1月)172~173頁

[342] 第198回国会衆議院財務金融委員会議事録第2号(2019年2月19日)22頁

[343] 金子宏 前掲(注)4 15~16頁

 金子教授によると「この制度に対しては、①発想が直接税的であること、②益税を公認する結果となっていること、③中小事業者の納税事務コストは一般に限界控除額よりは少なく、その開差は売上高が多くなるに従って大きくなっていること、等の理由から批判が強く、廃止論も強く主張されてきた」という。

[344] 熊王征秀 前掲(注)335 51頁

第7節 真の「小規模事業者の事務負担への配慮」とは

1.小規模事業者について、事務負担に配慮をすることは、そもそもどういったことを言うのだろうか。改めて、最後に確認すべき事項として、取り上げてみたいと思う。

 西山教授によると、欧州委員会において、「コンプライアンス手続きの簡素化」プロジェクトの最終報告書が2007年に報告されている。その内容は、主として所得税、法人税及び賃金税に関するものだが、付加価値税についても随所に言及されているという。この最終報告書によると、中小企業者の申告納税に係るコンプライアンス・コストは納税額の30.9%であり、大企業のそれが1.9%に過ぎないのに比べて、大きな負担になっているという[345]。この負担の原因は、以下が指摘されている、という。

①租税法令の頻繁な改正

②大企業は対応できても中小企業には対応が難しい課税システムの複雑さ

③諸手続が複数の行政庁にわたること

④法令の冗長な文言

⑤納税資金調達の観点から、短すぎて融通のきかない納期間

⑥コンサルティング費用の追加負担

⑦登録手続費用の追加負担

 わが国の現状に当てはめて考えてみると、①②④については、本稿の第6章で考察した通り、わが国の消費税法においても、同じ指摘が当てはまる。また、③や⑦については、わが国の消費税法には当てはまらない上、⑤や⑥についても、わが国では、さほど深刻な問題ではない、と思われる。

2.こういった状況に対して、コンプライアンス・コストの低減の試みを具体的に検証し、最終報告書では、実践例を紹介している、という。そのうちの付加価値税に関する部分を、本稿では、紹介する[346]

⑴起業時における情報提供-ドイツの場合

 工業会議所及び商業会議所が、起業を予定している者に対して無料セミナーを開催。特に、租税に関する重要情報を提供。起業予定者の個人的な相談も可能。

⑵公的ネットワークによる情報提供-ベルギーの場合

 財務省管轄の公的機関によって構築されている接続無料のネットワークに租税法令や通達のみならず、学説、解説及び課税当局の見解が閲覧可能。理論と現場が融合することを目指して、検討中の事項についても公表。

 ⑶納税・還付手続-スウェーデンの場合

 課税当局が管理する納税・還付専用口座によって、全ての租税の納税(還付)が可能。オンラインバンキング同様の機能を利用することもでき、この電子専用口座では、残高確認に加えて、全取引の確認、納期未到来の納税額の確認が可能。

 ⑷納税及び罰金支払の方法-イタリアの場合

 異なる税目又は社会保険料の納税を単一の書式で行うことが可能[347]。銀行口座からの電子納税が義務付けられており、納税及び還付は、ネットワークによって申告書が電送され、銀行から引き落とされる。これらの手続に必要なソフトウェアは、税務当局から無償提供。また、先に見たパソコンに不慣れな小規模事業者については、税務署が申告書を作成[348]する。

3.このような取り組みも小規模事業者の事務負担に対する配慮の一環として、もっと真摯に参考にすべき試みと、筆者は考える。むしろ、筆者の考えでは、事業者免税点制度自体は「事務負担への配慮」といいながら、消費税の納税義務を免除することによって、事業者を放任するだけで、事務負担を軽減するとの意味においては、実は何も配慮をして来なかったのではないか、という疑念に駆られるからである。

つまり事業者免税点制度は、小規模事業者に免税というお目こぼしを与えるだけで、あとは見て見ぬふりをして放任してきたのが現状である。その結果として、税率の上昇とともに益税の発生や脱税スキームの悪用事例が多発することとなり、それを封じるための法改正の繰り返しの中で、制度は複雑化している現状をも生み出していた。更には、インボイス制度の導入によって小規模事業者の取引排除という新たな難題が生じたことにより、改めて小規模事業者への対応を真に考え直すべき時が来ているように思われるのである。

4.この点に関し、欧州委員会の「コンプライアンス手続きの簡素化」プロジェクトの最終報告書は、コンプライアンス・コストの低減のための手法として、以下の項目を提案している。

 ①法令を頻繁に改定せず、予測可能であること

 ②事業に関する様々な登録を1か所に集約させること

 ③常に的確な内容に更新されている情報の提供

 ④小規模企業者への情報とサポート

 ⑤法と通達の整合的な解釈が示されなければならない

 ⑥税務会計の簡素化が必要である

 ⑦申告書の書式等の要件は、小規模企業者の実務に相応したものでなければならない

 ⑧電子申告は、手続きのスピードを上げるのに有用

 ⑨納税の事前通知は、納税と還付のスピードを上げるのに有効

 ⑩起業したばかりの事業者に対しては、十分な情報提供することにより、罰則手続を回避することができる

上記の内容は②と④と⑩のように内容が重複する部分もあるが、特にこの10に及ぶ提案の中でわが国の消費税法が教訓とすべきは、①の「法令を頻繁に改定せず、予測可能であること」と、⑥の「税務会計の簡素化が必要である」と⑦の「申告書の書式等の要件は、小規模企業者の実務に相応したもの」であると思われる。

①については、第6章に見た通り事業者免税点制度は複雑化の一途を辿る歴史であったことから、インボイス制度の導入という重要な節目を迎えて、今後は頻繁な改正の必要がない安定的な法制度を志向すべきである。⑥の簡素化と⑦の書式等の問題は、本章でみた諸外国の例を参考にIT技術等を利用した方法に、今後のわが国の消費税法のあり方のヒントを見つけていくべき、と筆者は思料する。

5.本章では、インボイス方式による場合の事業者免税点制度について、問題点を挙げ考察を加えてきた。そこでは、今後発生しうる問題について確認し、その問題に対する諸外国の取り組みを紹介してきた。

では、今後わが国の消費税法において、法令を頻繁に改定しないためには、どのような仕組みがふさわしいだろうか。そして、申告書の書式等の仕組みや簡素化の問題はどうのようにすべきだろうか。次章において、探っていこうと思う。


[345] 西山由美 前掲(注)325 90頁

[346] 西山由美 前掲(注)325 90~91頁を参照した。

[347] 「ただし、この方法による場合の納税額の限度は、51万6456ユーロ90セントに設定されている」という。 西山由美 前掲(注)325 91頁

[348] 本稿 156~157頁を参照されたい。