第1項 事業者免税点制度の概要

わが国の消費税(以下、単に「消費税」と呼ぶ)の納税義務者については、法5条1項において、「事業者は、国内において行った課税資産の譲渡等及び特定課税仕入れにつき、消費税を納める義務がある。」と定めている。 

 その例外規定として、法9条では、小規模事業者に係る納税義務の免除について定めている。その概要は、次のとおり1である。 

⑴その課税期間に係る基準期間における課税売上高が1000万円2以下の事業者については、その課税期間中に国内において行った課税資産の譲渡等につき、消費税の納税義務を免除する(法9条1項)。 

⑵免税の判定の基準となる「基準期間における課税売上高」とは、次の金額をいう(法9条2項)。 

 ①個人事業者及び基準期間が1年である法人……その基準期間中に国内において行った課税資産の譲渡等の対価の額(消費税抜き)の合計額からその基準期間の売上げに係る税抜対価の返還等の金額の合計額を控除した残額 

  ②基準期間が1年でない法人……上記①の残額を、その法人のその基準期間に含まれる事業年度の月数の合計数で除し、これに12を乗じて計算した金額 

 ⑶納税義務を免除されることとなる事業者が、基準期間における課税売上高が1000万円以下である課税期間につき納税義務の免除を受けない旨の届出書を所轄税務署長に提出した場合には、その提出日の属する課税期間の翌課税期間から納税義務者となる(法9条4項)。すなわち、課税事業者となることを選択できる。 

 ⑷上記⑶により課税を選択した事業者は、事業を廃止した場合を除き、課税選択によって納税義務者となった課税期間の初日から2年を経過する日の属する課税期間の初日以後でなければ、課税選択をやめようとする旨の届出書を提出することができない(法9条6項)。つまり、課税選択をした場合には、2年間は拘束されることになる。

  • 1 武田昌輔監修『コンメンタール消費税法』 第一法規 (2019年)1593~1594頁
    2 法施行当時は、3000万円。

第2項 事業者免税点制度の趣旨

事業者免税制度が設けられた趣旨について、財務省主税局は「消費一般に幅広く負担を求めるという消費税の課税の趣旨や産業経済に対する中立性の確保という観点からは、いわゆる免税事業者は極力設けないことが望ましい」としながら「原則としてすべての事業者が納税義務者となる消費税の導入は、我が国にとって初めての経験でもあり、小規模事業者の納税事務負担や税務執行面に配慮する必要がある。このような観点から、一定の事業規模以下の小規模事業者については、納税義務を免除することとする3。」と説明している。

極力設けないことが望ましいにも拘らず、設けざるを得なかった背景には、消費税導入時に「強い世論の反対の中で採用にこぎつけるために、高い免税点、限界控除制度、簡易課税制度等、中小企業の反対を緩和するための措置を採用せざるを得なかった4」時代背景があった。消費税導入時に世論の反対が多かった理由について、金子教授は、「従来のわが国の消費課税の制度が個別消費税の体系」であり、「取引高税の短い期間を除いては、一般消費税は存在したことがなかったという理由による」ものであり、「全くの新税だった5」ためと分析されている。これに対してヨーロッパは従来から売上税(取引高税)があり、この税は取引の各段階で税に対してさらに税が課されるというタックス・オン・タックスという問題が起こる好ましくない状況にあった中で、付加価値税は「一般売上税の改良型」であり「一種の改革立法」として問題を改革すべく登場したため、反対はそれほど起こらず、「むしろ賛成の意見が多かった」という。

その意味では、我が国にとって消費税の導入自体が「全くの新税」という「鞭」であったため、事業者免税点制度は「飴」の一つとして、必要悪であったと云えよう。ただし、「飴」として機能していたのは、小規模事業者に対してのみであり、「免税事業者に生じている益税6の額はそれほど大きいとはいえないが、高すぎる免税点が消費税に対する納税者の不信の一因となっていることは否定できない7」として、金子教授は「消費税制度をより透明なものとし、納税者の税制に対する信頼を高めるためには、長期的にはその引下げの努力を続けるべきであろう」と結論付けている。

では、3000万円という金額からスタートした事業者免税点制度であったが、その金額の根拠はどこにあったのか、次項において、導入前の消費税前史を遡ることで、辿っていくことにする。

  • 3 大蔵省主税局税制第二課編『消費税法のすべて』大蔵省印刷局(1989年2月)18頁
  • 4 金子宏「総論-消費税制度の基本的問題点-」日税研論集第30号 日本税務研究センター(1995年3月)3頁
  • 5 金子宏「租税法の諸課題-わが国税制の課題と現状-」税大ジャーナル第1号 税務大学校(2005年4月)12~13頁
  • 6 事業者免税点制度に関する益税の問題は、第3章で詳しく扱う。
  • 7 金子宏 前掲(注)4 13頁

第3項 導入前の事業者免税点制度

わが国に消費税が導入されるまでには、様々な紆余曲折があった。その様子は、山田教授の論文8に詳しい。簡単にその流れを紹介させていただくと、大きくは3つの段階に分かれ、「一般消費税」「売上税」「消費税」の3段階を経ることになる。また、消費税導入当時の主税局長である水野元国税庁長官による表1 9も参考にする。

1.「一般消費税」構想

昭和49年10月にオイルショックによる景気低迷により落ち込んだ税収を補うため、内閣総理大臣から税制調査会に対し諮問がなされ、昭和52年10月に「今後の税制のあり方についての答申」がまとめられ、製造者消費税、大規模売上税など8類型が検討された。これを受けて昭和53年12月、税制調査会は「昭和54年度の税制改正に関する答申」をとりまとめ、「一般消費税大綱」として多段階累積排除型の付加価値税である新税の骨格(税率5%等)が示された。事業者免税点制度については、「円滑な納税協力が得られるか」「事務的な負担に耐えられるか」という観点から検討し、「家族経営的な小売業者など」については免税事業者に該当することとし、具体的には、年間売上高が2000万円以下の小規模事業者を免税事業者とすることとされた10。家族経営的な小売業者を想定すると2000万円という金額はやや高いという印象を受けるが、それほど極端な金額ではない、と筆者は思料する。

その後の昭和54年10月の衆議院解散総選挙において、当時の大平総理が財政再建の必要性を説く中で「一般消費税」について触れたところ、中小企業者や野党から多くの反対意見が寄せられて、結局、断念せざるを得なかった。

2.「売上税」構想

昭和60年9月、中曽根総理から税制調査会に対し税制全般の抜本的見直しについての諮問がなされ、税制調査会は13か月間にわたる審議を行った結果、昭和61年10月に「税制の抜本的見直しについての答申」を取りまとめ、新しい間接税として、製造業者売上税、事業者間免税の売上税、日本型付加価値税の3案の仕組みが示され、選択の幅を持った形で取りまとめられた。

その後、同年12月に自由民主党税制調査会が示した「税制改革の基本方針」が取りまとめられ、事業者免税点制度については、課税売上高1億円以下の中小零細事業者を非課税とすること等が示された。水野元国税庁長官は、免税点について「一般消費税大綱では年間2000万円であったが、これを一挙に5倍に引き上げ、1億円とした。これによって、事業者の88%が免税となる。包括的、網羅的、普遍的な大型間接税はやらないという選挙公約等に配慮したものである11」として、免税点の水準が政治的配慮によるものであることを述べている。

山本税理士によると、昭和58年度ベースの試算では、課税収入年商1億円以下の者は、「企業数としては87.1%を占めるものの、売上高としてはわずか8.7%」にすぎないため「売上税の減収は少ない12」と述べるものの、零細業者の抱える問題点として、課税業者と非課税業者の立場をシミュレーションした結果、消費者が一般の消費者であれば問題ないものの、事業者が消費者の場合は、前段階控除ができないため、結果的に損になることがあることから、「年商が1億円以下であっても課税業者になった方が一般的に有利13」であると解説している。

売上税構想について、累積課税排除の方式が帳簿方式ではなく、税額票(インボイス)方式であったことから、取引排除の恐れにより、課税事業者選択への誘因は大きかったと思われる。しかし、前回の一般消費税構想から一挙に5倍の1億円という免税点は余りにも大きすぎ、免税事業者に該当する企業が87.1%にのぼっていたことも、課税の公平性の観点から健全な基準とは思われないため、実現性に乏しい案であったと、筆者は考える。

結局、「インボイス方式に対しては、産業界、特に中小企業の間で反対論が極めて強かった14」こともあり、国会での委員会審議が1回も行われることなく、廃案となった。

3.「消費税」の導入

売上税法案は廃案となったものの、税制改革論議は活発に続き、竹下新内閣の下、昭和63年4月「税制改革についての中間答申」が取りまとめられ、この答申を受けて昭和63年12月、消費税法案を含む税制改革関連法案が成立し、税率3%の消費税の創設に加え、所得税及び法人税減税、株式譲渡益課税の原則課税化、相続税の減税等、所得・消費・資産にわたる文字通り、抜本的な税制改革が実現した。

事業者免税点制度については、「『広く薄く』というこの種の税の性格や経済活動に対する中立性の確保の観点から、免税点については、3000万円とすること15」とされた。これは、免税点に限らず、世論の不評を買った「売上税との違い」を強調しようとする方向性で見直され、「結果として新税をそれだけ一般消費税に近づける議論になった」ためということである。その結果、「導入当時の調査では、個人・法人を含む全事業者の約65.7%(昭和61年の統計)が免税事業者にあたる16」状況となった。

売上税構想の1億円から見ると、3000万円は規模的には大幅に縮小され、穏当な数字に落ち着いたようにも見える。しかし、65.7%が免税事業者にあたる状況は、「経済活動に対する中立性の観点から」見て、正しいのであろうか、と筆者は疑問に思う。

4.金子教授は、この免税点制度について「①小規模零細事業者の場合には『消費税』を価格に含めて転嫁することは実際問題として困難であるという主張や、②小規模零細事業者に消費税の導入に伴う新しい事務や経費の負担が及ぶのを避けて欲しいという要望に応えて、『消費税』に対する反対をやわらげ、その導入を容易にするためにとられた措置」であると分析されているものの、諸外国と比べると免税点が高く、「免税事業者の範囲が広いため、税負担の転嫁が不透明であり、過大転嫁と過少転嫁の可能性」の問題17が起きていることも指摘されている。

以上、免税点が3000万円となった経緯について、消費税導入前史から遡り、その流れを確認した。その結果、3000万円という数字の根拠は、金子教授の指摘の通り、小規模零細事業者の事務負担に対する政策的配慮や、「3000万円という水準は、当初の消費税導入の際に徴税コストが重視されて落ち着いたレベルである18」という税務執行面への配慮に加えて、水野元国税庁長官の指摘の通り、売上税構想との違いを出すための政治的判断19として導き出されたものであることが判明した。これら全てを総合して落ち着いた金額が3000万円であると考えられる。

そしてこの金額は、「事業者の納税事務負担を軽減するための諸制度(帳簿方式、事業者免税点制度、簡易課税制度、限界控除制度)は、新税の円滑な導入に役立った20」として、評価すべき側面もあるという小池氏の説明は、大筋では正しいものであろう。反面で、「消費税の一部が事業者の手元に残るとされる『益税』への批判を招」くという状況も作り出していた。

そのため導入後は、事業者免税点制度についての見直しの機運が高まることになった。第2節では、その流れを追い、具体的な改正について触れることにする。

  • 8 山田晃央「消費税の事業者免税点制度の在り方についての一考察」 税務大学校論叢第88号(2017年6月)35~49頁 本稿の作成にあたり、当論文を多くの点で参考にさせていただいた。
  • 9 水野勝『税制改正五十年-回顧と展望-』 大蔵財務協会(2006年3月)506頁
  • 10 水野勝 前掲(注)9  186頁
  • 11 水野勝 前掲(注)9  380頁 同ページにて、中曽根総理の「多段階で大規模な間接税はやらない」といった国会答弁や、「国民も自民党員も反対する大型間接税はやらない」という選挙公約が背景にあった旨、述べている
  • 12 山本守之『これが売上税だ!』日本法令(1987年2月)47頁
  • 13 山本守之『売上税とその対策-新税対策のポイントと問題点-』税務経理協会(1987年2月)72頁
  • 14 金子宏 前掲(注)4 16頁 なお、金子教授は、「最も重要な改革は、インボイス方式への切り替えである。それが実現したときにはじめて、わが国の消費税は、自他ともに国際的基準に適合したものとして認められることになろう」(同19頁)と述べられており、わが国も2023年にインボイス方式導入が予定されていることから、まさに金子教授の述べられる国際的基準に適合した制度へと進歩していることを評価できよう。
  • 15 水野勝 前掲(注)9  506頁
  • 16 金子宏『租税法(第19版)』 弘文堂(2014年4月)660~662頁 なお、同書第20版以降では、この部分(わが国の消費税の特色)の記述が省略され、第19版への参照を求める形になっている。
  • 17 この過大転嫁と過少転嫁の問題は、本論考の重要な問題であり、益税と損税の問題として、第3章で詳しく取り扱う。
  • 18 畠山武道・渡辺充『新版 租税法』 青林書院(2000年3月)261頁
  • 19 消費税の税率、帳簿方式かインボイス方式かといった消費税制の根本的な部分から他の優遇措置(簡易課税制度・限界控除制度)とのバランス、更に言えば、他の所得税・法人税等の減税とのバランス等様々な角度で議論が尽くされた末の結論であり、筆者は導入当初の数字としては、妥当であったと考える。
  • 20 小池拓自「消費税を巡る議論」調査と情報第609号 国立国会図書館(2008年2月)1頁

第1項 平成6年の税制改革(平成9年4月施行)

1.消費税導入直後の平成元年6月、政府税制調査会に「実施状況フォローアップ小委員会」が設置され、関係各省庁、消費者団体、事業者団体等から消費税の考え方を含めその実施状況のヒアリングが行われた。同時期に開催中の第116回国会において、野党4会派提出による消費税廃止関連4法案の審議が行われるなど、消費税を巡る議論が高まる中において、同年11月に「中間報告」が提出された。

報告の中で、見直しのポイントとして事業者免税点制度・簡易課税制度・限界控除制度の3点22が挙げられ、事業者免税点制度については、「現在、特に消費者の間で疑問をもたれている事業者免税点制度については、免税事業者の売上高の総額は全事業者の売上高の総額の約3%に止まること、免税事業者は現実には他の事業者に比べれば値上げ率が低く、また、仮に3%の値上げを行った場合でもその利得分は極めて軽微であり、さらにそこに所得課税が行われること」に加えて「免税事業者が納税義務者に加わることになれば国税職員の大幅な増員が必要になること等にも留意する必要がある23」として、見直し論に対して、「検討の前提として各種の客観的なデータを必要とするものや定着の度合いと不可分に関わる問題等もあることから、短期的観点と中・長期的観点に分けて議論を行うべき」として、導入後早急に高まった見直し論に対し、ブレーキをかけている。

確かに、免税事業者の総売上高が全売上高のわずか3%と考えれば、税収の全体としてみると「軽微」と見える上に、更に国税職員の大幅な増員という徴税コストがかかるとなれば、課税庁側の視点に立つと、黙認すべき状況とも考えられる。ただし、消費者の視点で考えた場合、事業者の65.7%が免税事業者である状況を「利得分は極めて軽微」として黙認して済む問題とは言い切れないのでないだろうか。

2.その後も、見直しについての議論は継続し、平成5年11月、税制調査会による「今後の税制のあり方についての答申」が取りまとめられ、事業者免税点制度については「基本的には、事務処理能力及び転嫁の実現可能性を踏まえつつ、制度に対する理解・習熟に伴い相対的に規模の大きい免税事業者には課税事業者としての対応を求めていく方向で検討を行うことが適当である24」との提言がなされ、大規模事業者については、免税点制度の対象外とする方向性が示された。これを受けて、事業者免税点制度は「基準期間の課税売上高3000万円以下という基準自体は、原則として維持されたが、売上規模の大きな新設法人の消費税負担を適正化するため、資本または出資の金額が1000万円以上の新設法人については、設立当初の2年間は、納税義務を免除しない25ことに改めら(平成9年4月1日以後新設の法人に適用)26」ることになった。

当改正により、規模の大きな法人が新設された場合において、事業者免税点制度の適用対象外となる規定が整備された。その効果については、次節で検討を行いたい。

  • 22 益税の問題を考えるうえで、免税点制度と簡易課税制度、限界控除制度(いわゆる「3点セット」)は多くの論者が同時に分析されており、その重要性はいずれも劣らないと筆者は考えるが、本論考では、事業者免税点制度に焦点を当てているため、簡易課税制度・限界控除制度については極力言及しない方針である。
  • 23 尾崎護『消費税法詳解(改訂版)』 税務経理協会(1991年11月)66頁
  • 24 税制調査会「今後の税制のあり方についての答申-『公正で活力ある高齢化社会』を目指して-」(1993年11月)32頁
  • 25 法第12の2(新設法人の納税義務の免除の特例)第1項 その事業年度の基準期間がない法人のうち、当該事業年度開始の日における資本金の額又は出資の金額1000万円以上である法人(「新設法人」という)については、当該新設法人の基準期間がない事業年度に含まれる各課税期間における課税資産の譲渡等及び特定課税仕入れについては、第9条第1項本文の規定は、適用しない。
  • 26 岩﨑政明「消費税の特例計算方法-中小事業者に係る特例措置-」日税研論集30号 日本税務研究センター(1995年3月)302頁

第2項 平成15年度改正(平成16年4月施行)

その後、平成14年6月、税制調査会は「あるべき税制の構築に向けた基本方針」を取りまとめ、「事業者免税点の水準…は、制度創設以来据え置かれ、依然として6割強の事業者が免税事業者になっている。このため、消費者の支払った消費税相当額が国庫に入っていないのではないかとの疑念を呼び、これが消費税に対する国民の不信の大きな背景になっていると考えられる27」と指摘し「個人事業者と法人の相対的な事務処理能力の差異も念頭に置きつつ、現行の免税点制度を大幅に縮小すべきである」との提言を行い、免税点の水準を大幅に引き下げる方向性が示した。

これを受けて、平成15年3月28日に「所得税法等の一部を改正する法律案」が国会で成立し、事業者免税点制度の適用対象となる基準期間における課税売上高の上限が1000万円に引き下げされた(平成16年4月1日以後に開始する課税期間から適用)。

消費税導入から15年を経てようやく、免税点は大幅に引き下げられることになった。詳細は、次節以降で検討するが、本改正は、事業者免税点制度の改正の中でも際立った規模のものであり、筆者はその決断を評価するものの一人である。

  • 27 税制調査会「あるべき税制の構築に向けた基本方針」(2002年6月)13頁

第3項 平成23年度改正(平成25年4月施行)

免税点の大幅な引き下げから、しばらくは制度の改正はなかったが、平成22年12月に税制調査会が取りまとめた「平成23年税制改正大綱」では、「例えば、1期目の課税売上高が3000万円、2期目の課税売上高が5000万円であったような場合、1期目から相当の課税売上高があるにもかかわらず、実際に課税事業者となるのは3期目からとなってしまうことや、こうした制度を悪用した租税回避等も散見されて28」いたことを背景として、課税の適正化の観点から免税事業者の要件を見直すこととされ、その後の平成23年6月に「現下の厳しい経済状況及び雇用情勢に対応して税制の整備を図るための所得税法等の一部を改正する法律案」が成立した。

事業者免税点制度については、前年又は前事業年度上半期の課税売上高(又は給与支払額)が1000万円を超える事業者は免税点制度を不適用29とすることとされた(平成25年1月1日以後に開始する事業年度から適用)。この改正により2年前(基準期間)における課税売上高で判定されていた従来の基準が、1年前(特定期間30)でされることになり、急激に業績が伸びている事業者が2年間の免税期間を得ることになる批判に対して、有効な措置として機能している。

  • 28 斎須朋之他「改正税法のすべて〔平成23年度版〕」大蔵財務協会(2011年10月)644頁
  • 29 法第9条の2(前年又は前事業年度等における課税売上高による納税義務の免除の特例)第1項 個人事業者のその年又は法人のその事業年度の基準期間における課税売上高が1000万円以下である場合において、当該個人事業者又は法人のうち、当該個人事業者のその年又は法人のその事業年度に係る特定期間における課税売上高が1000万円を超えるときは、当該個人事業者のその年又は法人のその事業年度における課税資産の譲渡等及び特定仕入れについては、同条第1項本文の規定は、適用しない。
  • 30 個人事業者はその年の前年1月1日から6月30日までの期間、法人は、その事業年度開始の日以後6月の期間。

第4項 社会保障・税一体改革(平成26年4月施行)

平成24年の通常国会において、「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律」が成立した。

同法律では、事業者免税点制度について、事業規模が小さくない人材派遣会社などによる資本金1000万円未満の子会社を利用した脱税事案等31を指摘した会計検査院の報告書32を受けた見直しが行われた。

その内容は、基準期間のない事業年度開始の日において資本金1000万円未満の新設法人であっても、課税売上高5億円超の事業者が設立する新設制度を適用しない33こととされた。

この改正により、人材派遣スキームの一端は規制することが可能となった。次節では、これらの改正についての効果について検証してみたいと思う。

  • 31 第2章第3節において具体的な裁判例(ダミー会社を利用したいわゆる「人材派遣スキーム」)を紹介する。
  • 32 会計検査院法第30条の2の規定に基づく報告書「消費税の課税期間に係る基準期間がない法人の納税義務の免除について」会計検査院(2011年10月)
  • 33 法第12条の3(特定新規設立法人の納税義務の免除の特例)第1項 その事業年度の基準期間がない法人のうち、その基準期間がない事業年度開始の日において特定要件に該当し、かつ、新規設立法人が特定要件に該当する旨の判定の基礎となった他の者及び当該他の者と政令で定める特殊な関係にある法人のうちいずれかの者の当該新規設立法人の当該新設開始日の属する事業年度の基準期間に相当する期間における課税売上高として政令で定めるところにより計算した金額が5憶円を超えるもの(「特定新規設立法人」という)については、当該特定新規設立法人の基準期間がない事業年度に含まれる各課税期間における課税資産の譲渡等及び特定課税仕入れについては、第9条第1項本文の規定は、適用しない。

第3節 改正の効果についての検討

1.まず、第1項で取り上げた平成6年の税制改革は、資本又は出資の金額が1000万円以上の新設法人について納税義務を免除しないこととし、新たに設立される株式会社34は、事業者免税点制度の対象外とされた。これは、免税点制度の趣旨(小規模事業者の事務負担)を鑑みるに、「特に規模の大きな法人が新設された場合については、新設された後の2事業年度について免税とする必要はない35」という考慮によるものであり、その効果はあったものと思われる。また、判定基準として資本金基準36が採用された点は、「相対的に資本金が大きければ売上高も大きく原則基準(売上高基準)との均衡が図れるといった観点から基準期間のない課税期間における免税点の判定基準としては、最も合理的な基準と考えられる37」として、評価する声があった。しかし、後に「会社法の制定38にともない最低資本金制度がなくなり、1000万円を下回る資本金の株式会社の設立が容易になったため、あえて資本金1000万円以上の法人を設立する必要がない場合には資本金1000万円未満の法人を設立し、新設した法人に特例が適用されないようにした例が多いものと推測してよい」として、本改正の効果が有効に機能していないと思われる状況39を佐藤教授は指摘されている。この状況は、未だ大きくは変わっておらず、この点は後の章で考察を加えていくことにする。

2.次に、平成15年度改正において、ついに免税点は1000万円に引き下げられることになった。これにより納税申告件数は、佐藤教授によると「平成16年度の約202万件から平成17年度には約356万件へと約1.8倍、実数にして約154万件の増加を見せ」ており、「これにより納税義務を負う事業者が全事業者に占める割合は飛躍的に増加したと考えられる40」という(次頁図1を参照されたい)。この引き下げについては、「一定の前進と評価できる」が、「なお4割近い事業者が免税事業者に残るという問題41」が残り、依然として「事業者と消費者の対立を招いている」とする厳しい意見も聞かれた。

筆者は、この点に関し、宮島教授の「一定の前進と評価」すべきという意見に同感であり、この時点では、事業者免税点制度の問題に切り込んだ改正として十分なものであったと考える。

3.平成23年度税制改正では、従来の基準期間に加えて、特定期間による判定を追加することで、より機動的な免税事業者の判定を行うことができるようになった点で、評価することができる。ただし、この改正は「単に課税事業者になるのが早まっただけの改正」であり、「課税事業者から免税事業者になるときは、従来通り2年前(又は2事業年度前)で判定することに変更はなかった42」として、改正が「課税の適正化」の趣旨と矛盾しているという説もあり、この問題については、第3章第2節で改めて取り上げることにする。

4.社会保障・税一体改革では、特定新規設立法人の納税義務の免除の特例について、新たに定められた。これにより、人材派遣スキームの一端は規制することが可能となったが、いくつかの抜け道がある改正となっており、その点についても第3章で扱うことにする。

34 1990年改正商法は、株式会社の最低資本金制度を導入し、1000万円を最低資本金としていた。
35 佐藤英明「序章 消費税の軌跡-導入から現在まで」日税研論集第70号 日本税務研究センター(2017年1月)12~13頁
36 他には、従業員基準、当年の見込み課税売上高基準等が考えられる 武田昌輔監修前掲(注)1 1783の2頁
37 武田昌輔監修前掲(注)1 1783の2頁
38 平成17年6月に成立し、平成18年5月施行された。
39 会社設立時の資本金の額について1000万円未満で設立し、免税点制度を有効に活用しましょう、と提案する税理士・コンサルタントのサイトがインターネット上に散見される状況である。
40 佐藤英明 前掲(注)35 11~12頁 図1も同論文によるものである。
41 宮島洋『消費課税の理論と課題(二訂版)』 税務経理協会(2003年12月)9~11頁
42 秋山高善「わが国消費税法における課税事業者となる時期の問題-平成23年度税制改正の検証-」共栄大学研究論集第10号(2012年3月)163頁